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第103回 日本繁殖生物学会大会
公開市民講座

  1. 司会・進行:太田光明(麻布大学教授)
  2. 松岡史朗(NPO 法人ニホンザル・フィールド
    ステーション理事)
    「下北のサル 過去・現在・未来」
  3. 高槻成紀(麻布大学教授)
    「植物の中に生きるシカ:その管理のむずかしさ」
  4. 坪田敏男(北海道大学教授)
    「クマの繁殖と冬眠の不思議」
  5. 高橋迪雄(味の素(株)顧問)
    「生殖戦略から見た動物、そしてヒトの生き方」


2.NPO法人ニホンザル・フィールドステーション理事 松岡史朗
 「下北のサル 過去・現在・未来」
 本州最北、青森県下北半島の寒村に移り住み26年の年月が経過した。冬季の真 鱈漁が有名なむつ市脇野沢地区、年々減少する真鱈の漁獲量と比例するように地区 の人口も激減している。浜からは活気が消え、高齢化が一段と進む。そんな人の暮 らしを尻目に、活気に溢れているのがニホンザル、世界最北限のサルとして1970年に 国の天然記念物に指定され手厚い保護の中、個体数・群れ数を増加、その生息域 を拡大させているのが現状だ。
 ニホンザルの社会といえば、ボスザルが支配統率するピラミッド型の縦型社会との認 識が浸透定着している。人間社会の権力闘争の比喩にもしばしば用いられるほど。し かし、野生のサルの群れを個体識別法で長期間観察した結果、ボスザルは存在しな いことが解明された。ボスザルは動物園やサル山公園のような閉鎖空間で飼育され、 限られた餌を与えられるサルの群れに出没、いわば歪な状況下で出現するサルだった のだ。
 出産、子育て、交尾、ハナレザル、老いと死などなど、四季折々、北国の豊かな 自然に抱かれて暮らすサルたちの姿。彼らと共有する濃厚な時間、そんな時の流れ の中から見えてきた新たなサル像を写真や観察記録を通して紹介する。
 また、下北のサルの個体数・群れ数の増加及び生息域の拡大について、その経緯、 原因を分析し、下北における人とサルとの関係について報告する。そして、現状の猿 害対策の取り組み、将来の分布域の予測などから、人とサルとの共生への道につい て言及する。
1954年兵庫県生まれ。1977年麻布獣医 科大学卒業。獣医師。1985年より、青森県 脇野沢村(現:むつ市)に移住し、当地で、 「世界最北限のサル」であるニホンザルの 保護・研究に携わり、またフリーの動物写 真家として観察・撮影に取り組む。2004年 にNPO法人『ニホンザル・フィールドステー ション』を設立。他に、青森県のニホンザル などの野生動物に関する保護、管理に関 する各種委員会委員。著書に、『ひとりぼっ ちの子ザル』(1994年、講談社)、他多数。
3.麻布大学教授 高槻成紀
 「植物の中に生きるシカ:その管理のむずかしさ」
 近年、日本各地でニホンジカが増えているという話を聞く。実は東北地方は全国で も最もシカが分布しない地方である。関東以南と北海道には連続的に生息している。 だが男鹿半島、牡鹿半島などの地名が示すようにもともとはシカがすんでおり、縄文 遺跡などでは必ずシカが出てくる。いなくなったのは人が狩猟したせいである。シカは 減りやすい一方で、増える能力も強い。私たちが調査している宮城県の金華山では 狩猟は禁じられているため、50頭/㎢もの高密度のシカがいるが、ここでは初産が4、 5歳であり、平均妊娠率も50%程度である。体格もかなり小さく、本土のシカの70% 程度である。これに対して岩手県の五葉山の集団は体格もよく、2歳から出産を始め、 妊娠率も90%近い。このような違いは食物の量によるのは明らかであり、潜在的にシ カは高い繁殖力をもっているといってよい。ではなぜ最近になって各地でシカが増えて いるのだろうか。その答えははっきりはわからないが、重要なことが3つある。ひとつは 暖冬である。シカの繁殖力は高いが、子鹿の死亡率も高い。もうひとつは農山村から 人がいなくなったことである。第3はハンターの減少と高齢化である。潜在的に高い繁 殖力をもつシカの繁殖を抑えるのは食料不足と厳しい冬、そしてもうひとつは捕食者で ある。長いあいだシカがいない場所が多かったため、日本列島にはシカの食料が溢れ ている。シカはどこでも十分に食料を得ることができる。雪が少なくて子鹿が生き延び れば、恐るべき勢いで増えることができる。それはオオカミとともに進化してきたからで ある。オオカミなき現在、ハンターが非力になればシカの増加を抑えるタガは何もない。 青森県へのシカの侵入に対しては慎重に対処しなければ爆発的に増える危険が大き い。関係各位は後顧の憂いなきよう取り組んでいただきたい。シカは多くの場合「守る べき動物」ではない。
東北大学大学院理学研究科修了、理学 博士。東北大学助手、東京大学助教授、 教授を経て、現在麻布大学教授。専攻は 野生動物保全生態学。ニホンジカを中心 にシカやクマ類の生態学研究を長く続け ている。最近では国内の里山や都市緑地 の動物、海外のアジアゾウ、モウコガゼル、 タヒ(野生馬)などを含む生物多様性など の研究も進めている。著書に『野生動物と 共存できるか』(岩波ジュニア新書)、『シカ の生態誌』(東大出版会)など。
4.北海道大学教授 坪田敏男
  「クマの繁殖と冬眠の不思議」
 クマという動物は、食肉目(ネコ目)に属しながら草(植物)食性に進化を遂げてきた。 その結果、食物の90%近くを植物に依存し、とくに秋期には堅果類(主にドングリ)や 液果類(ヤマブドウやサルナシ)を大量に食べることにより冬眠に備える。冬眠は多くの 哺乳類でみられる生理現象であるが、大型哺乳類の中ではクマが唯一冬眠する。す なわち、餌資源が極端に少なくなる冬期を冬眠穴で眠って過ごすのである。他の冬 眠性哺乳類(リス、ヤマネ、ハムスターなど)とは違い、冬眠中は覚醒することなく間断 なく眠り続ける。その間まったく飲まず食わずで、排泄や排尿をすることもない。このよ うな動物は他に例がなく、とてもユニークな動物といえる。一方、繁殖に関しても特徴 があり、着床遅延や冬眠中の出産などがそうである。クマは、初夏に交尾期を有し、 その時点で交尾・受精が成立するが、受精卵から胚の段階で発育をほぼ停止して着 床が遅延する。実際には冬眠に入る11月下旬~12月上旬に着床が起こり、そこから 胎子の発育が開始する。約2ヶ月で胎子発育が終了し、1月下旬~2月上旬に出産に 至る。すなわち、クマは冬眠しながら出産をし(厳密には産み落とす時には起きている)、 その後も冬眠状態を維持しながら授乳して哺育する。このようにクマは、繁殖と冬眠と いう生命現象を特徴あるやり方で行っている。それは、長い時間をかけて環境への適 応を果たし得た結果であり、身近にいる飼育動物であるイヌやネコが行っているやり方 とはまったく違ったものである。もちろんヒトとも大いに異なっている。本講演では、クマ の繁殖と冬眠を、イヌ、ネコ、ヒトとの相違という観点から比較生物学的に考察する。
1961年大阪生まれ。北海道大学大学院 獣医学研究科修了、獣医学博士。岐阜大 学農学部獣医学科助手、助教授、教授を 経て、2007年より現職。専門は野生動物医 学、特にクマ類の繁殖と生態に関する研 究。日本野生動物医学会事務局長、ヒグ マの会事務局長などを兼任。主な著書に 『冬眠する哺乳類』(東大出版会)、『哺乳 類の生物学③生理』(東大出版会)など。
5.味の素株式会社顧問・東京大学名誉教授 高橋迪雄
 「生殖戦略から見た動物、そしてヒトの生き方」
 動物(生物)は、DNAに記された遺伝子情報を次世代へ伝えるための“運び屋さん” とも考えられます。遺伝子情報は世代を重ねるに従って僅かであっても変化し、そのよ うな変化が環境によりよく適応できる新たな世代を作り出す可能性がありますから、“運 び屋さん” は基本的には次世代が成育した段階で、その役割を終えます。したがって、 次世代を創るための「生殖戦略」は、動物の種としての存続、そして「生き方」を強く規 定しているはずです。
 哺乳類の生殖活動は周期的に営まれています。卵巣の卵胞で成熟した卵が排卵さ れた後、受精・着床して、妊娠・出産後、哺乳期を経てこの周期は完成します。ところが、 妊娠が起きない場合には、大きく分けて3つの対処法があります。ここでは言葉だけし か記しませんが、サル、ウシ、ブタなどが持つ「完全性周期」、ラット、ハムスターなど が持つ「不完全性周期」、そしてウサギ、ネコなどが示す「交尾排卵」という性質です。 それぞれには、それぞれに共通な興味深い「生殖戦略」が隠されています。
 ところで、ヒトは「完全性周期」を持つ動物なのですが、例えば「一夫一婦制」をとる こと、「人口の激しい増加」が起きること、自立性のない「幼若な赤ちゃんを産む」ことな ど、他の完全性周期タイプの動物とは大変異なった性質を持っています。このような 一般とは異なった性質は、ヒト固有の進化の中で形作られていったものに相違なく、或 る程度「何故?」という推論が可能になります。繁殖生物学の視点からヒトが語られるこ とは必ずしも多くありません。改めて、皆さんが「人間とは?」を考えるきっかけになれば 嬉しく思います。
1939年生まれ。東京大学大学院農学系 研究科修了、農学博士。東京大学農学部 助手、助教授、同教授。日本繁殖生物学 会理事長、日本獣医学会理事長等を歴 任。東京大学名誉教授。1999年より、味の 素(株)健康基盤研究所長、同顧問。専門 は生殖生物学、栄養生理学。2000年度読 売農学賞受賞。主な著書に『ヒトはおかし な肉食動物』(講談社)、『哺乳類の生殖 生物学』(学窓社)。



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