家畜繁殖研究会発足時の回顧と国際家畜繁殖学会出席の思い出（丹羽　太佐衛門）

家畜繁殖研究会発足時の回顧と国際家畜繁殖学会出席の思い出

丹羽　太佐衛門　

１. 家畜繁殖研究会発足時の回顧

　このたび日本繁殖生物学会が第100回大会を迎えられましたことは感激の至りです。発足当時を回顧し、本会の設立およびその後の発展に並々ならぬご尽力を賜りました緒先達に対し衷心より敬意と謝意を捧げます。ご高名を拝しますと（家畜繁殖誌１巻１号１頁、理事長・斉藤弘義先生の「本会のあゆみ」1955年3月より）、そのほとんどの方が物故されていることに気付き、胸のつまる思いです。在りし日を偲び心からご冥福をお祈り申し上げます。

・設立当時の役員（理事・敬称略）：加藤浩、星冬四郎、吉田信行、川島秀雄、三浦道雄、星修三（常務）、斉藤弘義（長）
・設立当時からの幹事（敬称略）：常包正、深田治夫、宇南山良一、大塚佳輝

　研究会設立後の打合会は、通例東京大学農学部の教官会議室で行われ、千葉の農林省畜産試験場からも毎回１、２名が出席したことを懐しく思い出します。

２. 国際家畜繁殖学会出席の思い出

　やや旧聞に属して恐縮ですが、本会と密接な関係があります「国際家畜繁殖学会議：International Congress on Animal Reproduction」出席の初期の記録を残させていただきます。この国際会議は、家畜の繁殖生理（Physiology）、繁殖病理（Pathology）および人工授精（Artificial Insemination）の部門における国際間の学術交流、研究発表、情報交換などを主に目的として、1948年から開催されて来ました。私が出席しました回次を中心に第８回までの概況を記録させていただきます（詳報は各回の末尾に記録した参考文献をご参照下さい）。

第１回（1948年）：イタリアのミラノで開催され、Prof. Bonadonnaを中心に万全の準備がなされ、大きな成果が得られました。今後３～４年毎に各国持ち廻りで開催することが決定しました。

第２回（1952年）：デンマークのコペンハーゲンで開催され、大会長はProf. Sorensen(デンマーク)、わが国からの出席は、三田村健太郎教授（北海道大学農学部）と西川義正博士（農技研家畜部）でした。この学会での特紀すべき事項は、Drs. Polge and Rowson(英国、ケンブリッジ大)の「ウシ凍結精液（-79℃）による受胎の成功」の発表で、全世界の注目を浴び、この大会を強く印象づけました。この発表は、精液および初期胚の凍結保有技術に革命的変化をもたらし、凍結精液による人工授精の実用化に不滅の業績を残し、また低温生物学の基礎および応用に大きく貢献することとなりました。

第３回（1956年）：英国のケンブリッジで開催され、大会長はProf. Lagerlof（スウェーデン）、わが国からの出席は、斉藤弘義博士（農林省畜産局衛生課長）、渋谷佑彦氏（同酪農課）、山根基信博士（広島農業短大学長）でした。Dr. T. Mannの「精液の生化学」の講演をはじめ、有益な多く発表がありました（山根基信：家畜繁殖に関する国際学会に出席して、家畜繁殖誌2（3）、78��80, 1957）。

第４回（1961年）：オランのハーグで開催され、大会長はProf. Stegenga（オランダ）で参加国54カ国、出席者約600名でした。わが国からの出席は、高村礼氏（農林省家畜衛試）、千葉敏郎氏（北海道大学獣医学部・オランダ国留学中）、正木淳二氏（農林省農技研家畜部・英国留学中）と丹羽太佐衛門（農技研家畜部繁殖科長・学術会議研連委員）の４名でした。学会議は毎日総会（午前、第１日のみ午後）と部会（午後）にわかれ、総会では次の７題の特別講演が行われました。第１日１題丹羽太佐衛門（日本）、第２日２題Dr. T. Mann(英国)、Prof. A. Dalco（ベルギー）、第３日２題Prof. H.C. Benedixen(デンマーク)、Prof. L.W.T. Taylor(アメリカ合衆国)、第４日２題Prof. J.A. Laing(英国)、Dr. L.van der Sluuis(オランダ)でした。部会は専門区分に従って３部会（第１部会繁殖生理、第２部会人工授精、第３部会繁殖病理）に分かれ、第１部会に48題、第２部会に55題、第３部会に55題の発表があり、活発な討論がなされました。筆者の特別講演の題目は「豚の人工授精における研究と実際：Researches and Practices in the Artificial Insemination of Pigs」で講演時間は１時間半でした。講演の終りに「日本における豚の人工授精技術：Techniques of Artificial Insemination of Pigs in Japan」のフィルム（トーキー17分）を上映し、また参考資料として「日本における豚の繁殖生理と人工授精に関する研究報告要旨集」を配布しました（丹羽太佐衛門：第4回国際家畜繁殖学会に出席して、家畜の研究16（10）1269-1274, 1962、同部会講演要旨[1]畜産の研究16（11）1447-1452, 1962、同[2]畜産の研究16（12）1591-1596, 1962、同[3]畜産の研究17（1）49-52, 1963、同[3続]17（2）331-332, 1963）。この特別講演の影響あってか、1962年にはオランダ国から２名の技術者が、1966年には（筆者信州大学勤務中）ソ連から３名の技術者が技術習得のため来日しました（世界の豚の人工受精の発展に寄与した日本の技術・丹羽太佐衛門著：「20世紀における日本の豚改良増殖の歩み」458-466（社）畜産技術協会発行, 2001）。

第５回（1964年）：イタリアのトレントで開催され、大会長はProf. T. Bonadinna(イタリー)でした。わが国からの出席はありませんでしたが、下記の報告が提出され、学会記録の第３部(?)に収録発行（1964）されています。(1) 錠剤化法（ペレット法）による牛精液の凍結に関する研究. 第１報 H. Nagase and T. Niwa ?-38, 410-415, 第２報 H. Nagase, T. Niwa, S. Yamashita and S. Irie,?-54, 498-502, 第３報 H. Nagase, T. Niwa, S. Yamashita and S. Irie, ?-55, 503-506.（２）錠剤化凍結精液：牛精子の受精力におよぼすグリセリン濃度と融解液の組成の影響 H. Nagase, E.F. Graham and T. Niwa, III-37, 404-409（米国ミネソタ大）でした。

第6回(1968年)：フランスのパリで開催され、大会長はProf. C. THIBAULTでした。わが国からの出席者は西川義正博士(京都大学農学部)、高嶺浩博士(東京農工大学・在外出張中)、押田等氏(福島県原町家保所長)、吉永浩二博士(滞米中)と丹羽太佐衛門(岩手大学農学部)でした。この大会では、予め定められた10(第1～10)のテーマについての特別講演(総括講演10、特別討論５)と、一般研究発表(314題)があり、そのほか６テーマについてパネルディスカッション(46題)がありました。特別講演の第８テーマ「体外保存精子の受精能力と生物学的所見」については、まずProf. W. Salisbury(米国)が総括講演を行い、次いで筆者(丹羽太佐衛門)が特別討論を行いました。また、パネルディスカッションの第３テーマ(哺乳動物卵子の採取と移植)については吉永浩二博士が座長をつとめられました。そのほか、わが国からの発表は、一般講演に２題、パネルディスカッションに３題、紙上発表８題でした。学会後の見学旅行は、第１回にレイグル牛人工授精所と種馬牧場Haras Du Pin、第２回はNouzillyのINRA新研究所を訪ね有益でした（丹羽太佐衛門：第６回国際家畜繁殖および人工授精学会の概要. 畜産の研究12（12）1557-1562, 1969）。

第７回（1972）：西ドイツのミュンヘンで開催され、大会長はProf. Baierで、参加52カ国、出席者約1,000名でした。わが国からの出席者は、西川義正教授夫妻(京都大学農学部)、押田等氏(福島県原町家保所長)、加藤一夫氏(京都大学医学部) と丹羽太佐衛門(岩手大学農学部)の５名と滞米中の吉永浩二博士(ハーバード大医学部)でした。学会は６月６～９日の４日間で、第２日以後午前は総会で各２題の特別講演、午後は部会に分かれて専門的な発表、討議あるいはシンポジウムが行われました。総会における特別講演は各テーマ(第２日繁殖生理、第３日人工授精、第４日人と家畜の繁殖の比較で各２題)につき、まず主講演(約35分)が行われ、次いで３～４題の関連講演（各10～15分）が行われるという形式で進められました。本学会で特記すべきことは、第３日家畜の人工授精関係の特別講演（１）の講演者として西川義正教授が「各種家畜における精子長期保存とその応用の現況」と題して主講演を行い、次いで４題の関連講演が行われたことです。そして、この主講演と関連講演(４題)の座長に筆者とProf. Leidl(西ドイツ、ミュンヘン大)が指名され、西川教授の講演時に図らずも筆者が座長をつとめるという幸運に恵まれました。講演は無事立派に終了しました。まさにこの日は「日本デー」の感じで、生涯の思い出となりました。殊に西川教授が故人となられた今、感慨無量です（丹羽太佐衛門：第７回国際家畜繁殖・人工授精学会の思い出. 家畜人工授精50: 1��7, 1975）。

第８回（1976）：ポーランドのクラコウで開催され、大会長はProf. W. Bielanski（ポーランド）で、参加40カ国、出席者約800名でした。わが国からの出席者は、畜産獣医関係では渡辺守之教授(広島大水畜)、吉田重雄教授(信州大農)、鈴木善祐教授(東京大学農)、高橋迪雄博士(東京大学農)、千葉敏郎博士(京大霊長類研)、四之宮重徳氏（北海道家畜改良事業団）と丹羽太佐衛門（岩手大農）、医学関係から牧野恒久、椎名正樹、前田宜、黒川博厚の諸博士（慶応大医）でした。特別講演は、繁殖における中枢神経系の役割（第１日）、配偶子の生物学研究における進歩（第２日）、熱帯地域における家畜の繁殖と人工授精（第４日）、プロスタグランディンと繁殖（第５日）で、いずれも重要な問題でした。専門分科会は、繁殖生理関係が148題で、総括座長はDr. R. Ortavant(フランス)でした。人工授精関係は104題で総括座長はProf. J. Almquist(アメリカ)でした。繁殖病理関係は63題で総括座長はDr. R. Hoppe(ポーランド)でした。わが国からの出題は合計６題で、うち医学関係は２題で、「人の人工授精（飯塚、黒川、牧野）」という異色のものでした。なお、本大会で注目された研究発表の１つに「牛精液の凍結乾燥に関する研究（E.F. Graham and E,V. Larson）(米ミネソタ大)がありました。受胎の成功例を含む内容のものだけに多大の関心を呼びました。そして質問の多くは凍結乾燥精液の水分含量に集中しました。終りに、次回（第９回）は４年後（1980年）にスペインで開催することに決定しました。

３. 国際家畜繁殖学会の印象

　以上、筆者が出席しました第８回大会までの概要を紹介しましたが、この国際学会は家畜の繁殖生理、人工授精、繁殖病理の部門における国際間の学術交流、研究発表、情報交換を主な目的として1948年に開催されて以来約60年の歴史をもつ権威ある学会で、わが国の本学会（旧家畜繁殖研究会、後の家畜繁殖学会、現在の日本繁殖生物学会）とは古くからきわめて関係の深い学会です。筆者が出席した当時、学会の運営は設立功労者でありますSir John Hammond(イギリス)を中心にProf. Bonadonna(イタリー)、Prof. Lagerlof(スウェーデン)、Prof. Sorensen(デンマーク)、Prof. Stegenga(オランダ)、Prof. Thibault(フランス)、Prof. Baier(西ドイツ)、Prof. Bielanski(ポーランド)およびその後継者らが一致協力して学会の発展に尽力しておりました。また学会出席者も欧州各国のほか広くアメリカ、ソ連、カナダ、豪州、日本、中国、アフリカ等世界各国におよび、内容も益々充実してきている印象を受けました。学会の運営は、欧州選出の理事を中心とする常任理事会で行われていましたが、わが国からの理事は当初山根基信先生、次に西川義正先生が当られ、その後は繁殖学会選出の理事が当られていることと思います。国際学会ご出席の方は、学会終了後なるべく早くその概要を学会誌等を通じて広く全国会員にお伝え頂き、わが国の繁殖生物学の研究の発展に資するようご配慮されますよう要望する次第です。