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書評 ヒトはおかしな肉食動物 高橋迪雄 著 講談社 |
【JRD2006年2月号(vol.52, No.1)掲載】
研究にまつわるいろいろな問題を考えていると、往々にして想像が広がり、気がつくと自分の身の回りの出来事、特に自分自身について考えていることはないでしょうか。自分という動物(ヒト)は、興味の尽きない考察の対象です。とは言え、そういう想念が結実することはあまり無く、ぼやっとしたまま結論を見ずに先送りすることが私には通例です。本書は、研究者、生理学の教育者として長い経験を積んできた著者の「ヒト」についての考察をエッセイ風にまとめた一冊です。副題に、「体毛のない一夫一婦制の哺乳類のちょっとヘンな生殖戦略」とあるように、ヒトを一つの動物種としてどのように理解したらよいか、特に生殖を通して考える著者の試みがつづられています。著者は、それぞれの考察を先送りすることなく、大胆な仮説を含めて明解に結論を導いています。内容は栄養から生殖、人間社会まで多角的に論じられており、手練れの編集者なら、この本から10冊位の本を企画してしまうのではないかと思えるほど、様々な着想に満ちています。繁殖生物学会の会員としては、特にヒトの生殖についての諸考察に、思わず膝を打つこともあると思います。私は、長年何故ヒトの女性に発情期がないのか不思議に思ってきました。ヒトの場合、女性も連続発情なのだろうかとか、見当はずれのことを考えたものです。私が過去に読んだ説明は、ヒトでは大脳皮質の支配が非常に強くなった結果、視床下部の影響が抑制されているというものですが、何かしっくり来ませんでした。今回この本を読んで、それこそ目から鱗が落ちたような気がしたものです。この様に読んだ人それぞれに、いろいろな箇所でなるほどと思える洞察との出会いがあることでしょう。生殖年齢を超えて生きるのが当たり前になったヒトにとって、この本がお手本を示している知的冒険は、中年以降の時間の過ごし方として、とても魅力のあることを示しています。とは言え、常に繁殖生物学会で鋭い質問をしていた著者になじんだ世代は勿論ですが、学生会員を含めて若い世代に是非読んで欲しい本だと思います。既成の考え方にとらわれないこと、新しい概念を理解に導入することなど、研究を志している人が醍醐味としているものを伝えている本でもあるからです。
(北里大学獣医畜産学部 汾陽光盛)
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