書評 ナメクジウオ・頭索動物の生物学 安井金也・窪川かおる 著
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【JRD2005年6月号(vol.51, No.3)掲載】
JRDの窪川かおる編集委員(東京大学海洋研究所)が、安井金也(広島大学理学研究科)と共著で「ナメクジウオ-頭索動物の生物学」を出版した。ナメクジウオは高校の教科書や発生生物学の専門書でも取り上げられているのでJRDの読者にもなじみのある動物と思われる。畜産学・獣医学分野で教科書として広く使われている「動物発生学」(江口保暢著、文永堂)の第3章「胚子発生」では、特にナメクジウオが取り上げられ、その基礎知識が紹介されているが、「ナメクジウオは脊索動物の起源、さらにはわれわれヒトを含む脊椎動物の起源を究明するうえでは欠かすことの出来ない動物」(「まえがき」より)でもある。
本書では、研究史、分類、解剖、発生、生活史、系統と進化、分子発生学、内分泌、近縁な動物、今後の課題について10章に分けて記述されており、「ナメクジウオ」の全体像が理解できるようになっている。また、各章ごとに計438の論文が引用され、専門的な研究を志す研究者にも配慮している。
ナメクジウオ類はカンブリア紀前期に起源をもち、世界的に広く分布している。しかし変異は脊椎動物などに比べて小さく2属30種ほどである。変異の小ささが何を意味しているか興味あるところであるが、ホメオボックス遺伝子が発見されて以降、わが国においてもナメクジウオは、発生生物学の研究対象となり、遺伝子の同定・発現解析が行われてきた。しかし、現在研究されているナメクジウオの多くは、中国青島市にある中国科学院海洋研究所との共同研究によって得られた中国産のナメクジウオとのことである。
窪川は、ナメクジウオの研究には、わが国のナメクジウオを研究材料として使えるようにしなければと考え、研究船淡青丸で採集及び生息地調査を行うとともに、飼育、産卵などの方法の確立に努力している。このような研究を抜きにしてはナメクジウオの安定した研究を進めることは不可能であるが、最近の成果を第5章「生活史」の中で淡々と記述している。
私は、Society for the Study of Reproduction (SSR)の年次大会(1993)における研究発表を解析したことがある(ETニュースレター, 14:56-67, 1993)が、理学系の参加者も多く、魚類や下等動物に関する発表は5%を越えていた。家畜、ヒト、実験動物を研究対象とする研究者においても多くの種における生物現象を知ることが次のステップに進む原動力になる。ボストンから車で2時間弱のところにウッズホールという小さな町があり、Marine Biological Laboratory (MBL)がある。夏になると多くの研究者がMBLに滞在し、小さな実験室を借りて海の生物を使って実験を行う。私も計4回、夏の間MBLで実験をした経験がある。ウニや二枚貝を使って実験し、現象の多様性に強く惹かれた。アメリカの医学、農学の研究者はこのような中から新しいアイデアを得ているのではないかと思った。わが国にも多くの臨海実験所があるが、MBLのような機能を果たすことも必要なのではないかと思う。
私の専門からみた「ナメクジウオ」の魅力ある現象、特に卵成熟・受精現象について本書の中からピックアップすると次のようになる。「産卵された卵は第2減数分裂中期にある。受精と同時に減数分裂が再開し二次極体が放出される。水槽内の産卵では、1個体は1回の産卵で全配偶子を放出するが、野外では数回に分けて配偶子を放出することもある。1回の排卵は雌の大きさによって異なり、500個から11,000個である。また、配偶子成熟の促進や放卵・放精誘発をつかさどる物質は同定されておらず、人工産卵は確立されていない。性比は同比の場合と雄が多い場合の報告があるが、雌雄同体のナメクジウオも発見されている」。
本書の中では、随所に研究に対する著者の考えが述べられているが、私は特に「ファーストバイオロジーではなく、スローバイオロジーの流れもスローフードの動きに負けないように定着させたいものである。」との記述が印象に残った。本書が農学、医学分野の研究室に常備されるようになることを希望する。
(東北大学大学院農学研究科 佐藤英明)
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