書評


哺乳類の卵細胞

佐藤英明 著 

 

朝倉書店
A5版 115頁
2,730円(税込み)
2004年9月発行
ISBN 4-254-17666-X


【JRD2005年2月号(vol.51, No.1)掲載】


 本書はシリーズ〈応用動物科学/バイオサイエンス〉全11巻の1冊として応用動物科学、畜産学、獣医学の分野の研究者および学生に向けて書かれたものである。2003年、著者執筆の「アニマルテクノロジー」(東京大学出版会)が出版され、ヒトと産業動物との関わりから誕生したアニマルテクノロジーの系譜、基礎科学や医療あるいは野生動物への応用技術の展開とその安全性の問題、これまでの歴史を踏まえたアニマルテクノロジーの未来について解説している。そのアニマルテクノロジーの根幹ともいえる発生・生殖工学を駆使した動物の個体作製技術は、ご存じの通り1950年代の精子の凍結保存、体外受精、体外発生胚移植の成功からわずか50年足らずで飛躍的に進歩し、現在も刻々と進化し続けている。このような発生・生殖工学の発展の基礎として、個体発生の母体である卵細胞の特性とその形成メカニズムの解明は、学術および応用技術開発の両面において不可欠であることが本書から容易に理解できるであろう。

 著者の30年余りにわたる卵細胞との付き合いを通して、卵研究の歴史とその背景、現在から未来に向けた卵研究について明解に述べられている。特に第7章卵細胞研究の近未来では、産業動物の生産、生殖補助医療、発生・生殖工学、生殖生物学のそれぞれの領域の視点に立った卵研究の展望が提案されており、我々にとって今後の研究の指針になり得るのではないだろうか。また第3章体外培養の挑戦、第4章卵母細胞の成熟と卵丘膨化、第6章卵胞の選抜と血管網では、著者のグル−プによる研究とその経緯についての詳細な記述があり興味深い。研究者がどのような考えの下で戦略を立て、何を行い、何を得たのか、その変遷を垣間見ることで知見はより深まる。本書は知識を体系化した教科書とは少し趣向を違え、学生諸氏の読み物としてお奨めしたい。

 最後に私と卵細胞との関わりについてお話ししたい。「ブタの卵成熟機構の解明」を研究テーマとしていた博士課程の学生の頃だった。実験を終え、深夜とぼとぼと帰途に着く。闇の中ふと顔を上げると、ちょうど満月に近い月の周りにうっすらと雲がかかっている。それは私のお気に入りの成熟培養36時間のブタ卵そのものであった。「わぁ、なんてきれいな卵丘膨化だ。」と足を止め、しばし見惚れる。銀白に輝く月は崇高で神秘的だが、かすかに見える月面クレーターの影が紛れもない自然の造物であることを語っている。ひっそりと降る月光に撫でられ、私は少し元気を取り戻した。こんな偶然が何度かあった。月、太陽、卵細胞。太古の昔から受け継がれてきた生命を見守ってきたものの姿形は、なぜか丸い。この原稿を書き終え、ある夜、久しぶりに天空の卵丘膨化に出会い、純化された。

(山形大学農学部 木村直子)


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