研究室紹介


兵庫県立コウノトリの郷公園


三橋陽子


【JRD2005年2月号(vol.51, No.1)掲載】


1 兵庫県立コウノトリの郷公園の概要

 「子供を運んでくる」ことで有名なコウノトリですが、実はこれはヨーロッパを中心に分布している「シュバシコウ(Ciconia ciconia)」で生まれた伝説が広まったもので、日本に生息していたコウノトリにまつわる寓話ではありません。日本に生息していたコウノトリ(Ciconia boyciana)は、現在ロシアや中国など極東地方に生息する、「シュバシコウ」より一回り大きい嘴の黒い別種です。現在野生では2,000〜2,500羽しか生息していないと言われており、ワシントン条約の附属書Iに帰属しているなど国際的な保護を必要としています。

写真1
兵庫県立コウノトリの郷公園非公開ゾーン

 私の勤めるコウノトリの郷公園は、「特別天然記念物であるコウノトリを保護し、その種の保存を図るとともに、豊かな自然の中で、コウノトリその他の野生動物と共存できる、人と自然との調和した環境の創造について県民の理解を深め、教育、学術および文化の発展に寄与する。」という目的をかかげ平成11年に開園しました(表1)。

 その目的は、一度豊岡盆地の空から消えたコウノトリを増殖し、もう一度野生に返すことであり、そのために図1のような基本的機能を持っています。

 コウノトリの郷公園は、旧飼育施設の「附属飼育施設コウノトリ保護増殖センター」を含むと185ヘクタールの広さがあり、敷地内には研究施設である管理・研究棟、検疫棟、飼育管理棟などの施設と、様々な目的に合わせて作られた飼育ケージがあります。

 そのうち管理・研究棟には手術室、レントゲン施設などの治療に必要な施設と、遺伝子研究などの研究設備があります。検疫棟は国内外からの鳥の導入や搬出時の隔離設備、死亡時の検査のための解剖室があり、感染症防止の役割を担っています。

 そのコウノトリを研究部(県立大学教員と獣医師、飼育員)17人、総務課8名の合計25名の職員によって管理研究されています。特に研究部には保全生物、鳥類生態、植物生態、環境社会学の専門研究員がそろい、広い視野から総合的に野生復帰の研究が出来る体制が取られています。

表1 コウノトリ保護増殖の経緯
昭和30年 
コウノトリ保護協賛会が発足し、官民一体となった保護運動を展開
31年 
コウノトリは20羽に減少・コウノトリが特別天然記念物に指定を受ける
37年 
兵庫県が特別天然記念物コウノトリ管理団体の指定を受ける
38年 
コウノトリは11羽に減少・野生個体を捕獲し、人工飼育へ切り替えることを決定
39年 
野上地区にて、コウノトリ飼育場(保護増殖センター)の建設に着手
40年 
コウノトリ飼育場が完成・1つがいを捕獲し、人工飼育スタート・兵庫県の県鳥に指定
46年 
野生最後の1羽が豊岡市内で保護されたが死亡
これにより日本国内の野生コウノトリが消滅
60年 
ロシア(ハバロフスク地方)から野生の幼鳥6羽を受贈
61年 
豊岡盆地に生息していた最後のコウノトリがコウノトリ飼育場で死亡
平成元年 
ロシアから来たコウノトリにヒナが誕生し、初の繁殖に成功
(以後、毎年繁殖に成功)
4年 
野生復帰計画スタート
11年 
コウノトリの郷公園を開園
14年 
飼育下のコウノトリは100羽を越える

図1 兵庫県立コウノトリの郷公園の基本機能

 

2 保護増殖事業

写真2 コウノトリの巣と卵

 コウノトリの郷公園ではコウノトリの野生復帰実現のために様々な活動を行っていますが、保護増殖事業のための技術開発は野生復帰の基本となる必要不可欠な活動です。

 コウノトリは、ペアで抱卵・育雛を行いますが、ペアになるまでは他の個体との同居さえ難しい鳥で、相性が合わないと相手を突き殺してしまう事もあります。飼育下・野生下ともに遺伝的多様性を保つためにも、数多くのペアから均等に子供を得ることが必要ですが、ペアが出来ないことには同一家系からの子供ばかりが増えることになり、この「ペアリングの難しさ」は大きな障害となっています。そこで、飼育員と、研究者や獣医師とが協力し合い、ペアリングに適したケージ環境、個体の配置などが検討され、ペアリングの確率を上げるべく努力しています。

 また、人工孵化・育雛も保護増殖には欠かせない技術です。コウノトリは飼育下で、12月下旬から巣作り行動、1月中旬頃より交尾行動が始まり、産卵時期は2月の中旬から5月の下旬位で、1回の営巣で4〜5個の卵を1日おきに産卵します。卵は産卵開始から35日程度で孵化し、巣立つのは約60日後になります。いつ産卵が始まるかはペアや気候により異なりますが、2月中に産卵すると3月に孵った雛が凍死する可能性があるため、当園では最初の産卵が早い場合、卵を擬卵と取り替えて孵化させないようにし、2回目の産卵時期をコントロールすることで親鳥が確実に育雛ができるようにしてきました。

 その技術をさらに進歩させたのが、2回目の産卵日の同期化による卵の入れ替えです。抱卵や育雛の下手なペアの卵をより子育ての上手いペアに托卵して、より安全に健全な雛を取ることが出来るようになりました。また、兄弟で仲が良いコウノトリの特性を利用し、違うペアの雛同士を兄妹として同一の巣内で育てさせ、将来のペアリングに結びつける試みもされています。

 この技術は今年秋から始まる野生復帰計画で行われる手法の一つ、「ソフトリリース」でも利用されます。つまり、羽根の一部分を切って飛べなくしたベテランの仮親を、屋根のないケージで飼育し、野生化して欲しい別ペアの卵を抱卵・育雛させ、その雛が自然に巣立っていくようにする手法です。巣立った雛は自力で空を飛ぶことや餌を採ることを憶えて行くはずです。


3 野生復帰事業

写真3 人工育雛中のヒナ

 コウノトリの野生復帰事業で難しいのは現場となるのが人の生活圏と同じ場所であるということで、人のいない自然保護区などに放鳥するのとは違う配慮をする必要があります。

 例えば、コウノトリは魚類や小動物を食べる動物食性の鳥類なので、直接の農作物への被害はないですが、餌を探す時に稲を踏み荒らす可能性は否定できません。実際地元の農家の中にはコウノトリを稲を踏み荒らす害鳥として、子供時代に追い払っていたと言われる方も大勢います。

 その為コウノトリと生息環境の似ているサギ類のモニタリングや、餌場となる河川敷のわんどや休耕田を利用したビオトープの調査を行い、コウノトリの生息環境を把握し、改善策を検討するとともに、市民へ協力を得るためにフォーラムなどを開催しています。

 一方野生復帰させるコウノトリですが、飼育下のコウノトリは狭いケージで1羽ずつ飼育されているのが多く、残念ながら自由に飛んだり、餌のあるところを探して採るという行動をしたことがほとんどありません。「木にとまる」という行動さえもしたことがないのが実情です。

写真4 野生馴化訓練

 しかし、野生復帰の手法として前述の「ソフトリリース」だけではなく、直接放鳥する「ハードリリース」も計画されています。そこで、放鳥予定個体を広いオープンケージで飼育し、障害物をよけて飛ぶ訓練、止まり木に止まる訓練、川や湿地で餌を探す訓練などを行っています。柔軟な個体を中心に適性のある成鳥なども選び、10羽前後を集団にして飼育し、個体同士の社会性も身につけさせるようにしています。

 実は野生復帰事業には強力な応援団(鳥)がいます。1羽の野生のコウノトリが、2年前から豊岡に住み着いているのです。この野生個体は、私たちに、広大な大陸の生息地(湿地)ではなく、日本の里山での生態や行動を示してくれているのです。「コウノトリ」が飛ぶ姿は美しく、それを良いことだと思ってくれる人も増えつつあります。

 是非、お近くにお越しの際は、一足先に大空を飛ぶ美しいコウノトリを見に来てください。きっとファンになるはずです。


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