研究室紹介 阿部 宏之 |
【JRD2004年10月号(vol.50, No.5)掲載】
(1) 機構の概要
近年、医学をはじめとする生物科学と工学の融合による「医工学」が新たな科学研究分野として注目されています。東北大学先進医工学研究機構(Tohoku University Biomedical Engineering Research Organization: 以下略称としてTUBERO)は、平成15年度科学技術振興調整費の「戦略的研究拠点形成」において東北大学が提案していた「先進医工学研究拠点形成」が採択され、平成15年9月に国内では初めて医工学の研究拠点として設置発足しました。現在までに、4分野20チームの研究者グループ(タスクチーム)が採択され、研究をスタートさせています。
TUBEROの組織は、機構長、役員会、評価委員会、タスク選定委員会、研究支援室で構成されており、運営は機構長を中心としたトップダウン方式を特長としています。研究部門は、生体用材料創製分野、ナノメディシン分野、生命機能科学分野、高度情報通信分野の4分野で構成されています。各チームリーダーの出身学部は、医学、工学、理学、農学、薬学など多岐にわたっており、研究課題も医学・生物系を中心とした研究、センシング技術や情報通信など工学系を中心にした研究、そして両者を融合した研究もあります。このように、かなりヘテロな研究者が集まっている研究組織ですが、全タスクチームに共通するのは臨床または医療現場での応用を目指した研究を行っていることです。TUBEROは平成15年度から19年度までの5年間をその育成期間としており、育成期間終了後は医工学研究・教育の拠点としての組織に発展させることが予定されています。現在、TUBERO事務局は星陵キャンパス(医学部)にありますが、研究チームは星陵(13チーム)、青葉山(6チーム)、片平(1チーム)の各キャンパスにそれぞれ研究室を構えています。
(2) 研究内容
受精卵呼吸測定装置ここで、私が所属する生命機能科学分野について紹介します。この分野は、他の3分野に比べて生物学をベースにした研究チームが多く集まっています。ほとんどのチームは再生医療関連の比較的応用色が強い研究課題を掲げていますが、私のチームは応用研究とともに形態学や生殖生物学などの基礎的研究も行っています。私の研究課題は「ヒト胚呼吸測定装置と品質診断システムの開発」です。このプロジェクトでは、ヒト胚の呼吸活性を検出する装置を開発し、細胞の呼吸活性を指標にするという新しい発想に基づいた胚品質診断システムを確立し、これらをヒト不妊治療へ応用することを目指しています。この研究が発足した経緯について簡単に紹介します。私は、TUBEROに赴任する前は民間の研究所で卵管の微細構造解析や卵管由来糖タンパク質の生理機能解析、そして哺乳動物胚の培養系や品質評価に関する研究を行ってきました。その中で、ウシ胚の微細構造を詳細に解析した結果、培養環境が胚の品質に影響すること、胚発生過程におけるミトコンドリアの発達が胚の品質に深く関与していることなどいくつかの新しい現象を発見しました。これらの研究により、細胞の呼吸活性を指標にして胚の品質を評価するという発想が生まれました。この発想を実証するためには、細胞(胚)の呼吸を検出する技術が必要不可欠です。しかし、生物系出身の私には胚の呼吸活性を測定する技術は無く、このアイディアは実現できないと考えていたところ転機が訪れました。平成10年度に始まった「山形県地域結集型共同研究事業」において、電気化学顕微鏡を使って植物細胞の呼吸計測技術を研究していた工学系の研究グループと共同で研究することになりました。電気化学顕微鏡は、酸素の還元電流を検出するマイクロ電極を備えており、微小電極を試料近傍から遠方に一定距離走査することで試料の酸素消費量(呼吸量)を高精度で測定できます。電気化学的測定法は、試料(細胞)にほとんど損傷を与えること無く、非侵襲的に呼吸量を計測できることが最大の特長です。私は、この電気化学顕微鏡を使ってウシ胚の呼吸を測定することができると確信しました。この共同研究において、測定感度の向上や測定法の工夫により培養細胞やウシ胚の呼吸を高精度で測定する技術を確立することができました。さらに、新たに機器メーカーを加えた私たちの研究グループは、より簡単に短時間でウシ胚の呼吸測定を可能にする「受精卵呼吸測定装置:HV-403」(写真)の開発にも成功しました。この装置を用いて数多くのウシ胚の呼吸測定を行った結果、高い呼吸活性を有する胚は発生能や耐凍能が高い品質良好胚であることが分かってきました。本装置は呼吸という真核細胞が行っている共通の現象を計測していることから、他の動物胚や卵子への応用も考えられます。現在、マウス等の哺乳動物胚や魚類卵等への応用を試みています。いささか手前味噌になりますが、現時点において「受精卵呼吸測定装置」は単一細胞の呼吸活性を無侵襲で測定できる唯一、最高の装置であると考えています。このような素晴らしい装置を開発できたのも、多くの優秀な共同研究者に恵まれたからだと考えています。TUBEROでは、この呼吸測定装置をベースにしたヒト胚呼吸測定装置を開発し、臨床現場での応用を目指しています。
(3) おわりに私の研究チームのラボは、東北大学青葉山キャンパス(工学部化学・バイオ系)内に建設中です。現在は、仮のスペースに必要最小限の機器を置いて細々と実験を行っている状況です。現在のスタッフは、チームリーダーである私と博士課程の学生1名です。電気化学計測技術に関する共同研究を進めているため、学生は工学部を中心に受け入れることになりますが、他学部出身でも生殖生物学を工学的発想で研究したいと思っている方、学際的研究に興味がある方、歓迎します。本会員の皆様には生殖生物学についての説明は不用ですが、生物をほとんど学んでいない工学部の学生に受精や発生などを教え理解させるのにはチョット労力が要ります。しかし、彼らには生物系の人間には考えつかないような工学的発想があることに驚かされることがあります。私が「医工学」の分野に身を置くことになったのも生物学と工学という異分野の共同研究が始まりであり、このような研究環境の中から繁殖生物学に応用できる新しい生物工学的技術やデバイスが次々に生まれてくるのではないかと期待しています。
最後に、ラボは今年末に完成する予定です。そのため本稿では研究内容の話が中心になってしまい、研究室内の紹介はできませんでした。年明け(2005年)には工学部の中に繁殖生物を研究するラボが出現します。生物と工学が融合した珍しい(?)ラボをお見せすることができるかと思います。会員の皆様が近くへおいでの際には、是非お立ち寄り下さい。
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