研究室紹介

大阪大学・遺伝情報実験センター
遺伝子機能解析分野

岡部 勝


【JRD2004年8月号(vol.50, No.4)掲載】


(1) 遺伝情報実験センター

写真1 遺伝情報実験センター正面玄関

 大阪大学遺伝情報実験センターは、学内の遺伝子研究を促進するための教育と研究支援を行う学内共同利用施設として設立されたものです(写真1)。同様の施設はすべての国立大学に文部省の肝いりで設立されています。大阪大学には平成4年に設置されましたが、平成13年に大阪大学微生物病研究所附属共同無菌実験施設と統合して再スタートしました。センターは、微生物病研究所の南館(旧微研附属病院)内にあり、運営委員会は、理学、医学系、歯学、薬学、工学、基礎工学、生命機能の各大学院研究科と、微生物病研究所、産業科学研究所、蛋白質研究所と本センターからの委員で構成されており文字通り全学の研究支援を行っています。

 センターは、遺伝子機能解析分野、ゲノム情報解析分野、感染症ゲノム研究分野の3分野で組織され、共同利用実験室、RI 実験室、動物飼育室、共同利用コンピュータシステム、各種共同利用機器を備えています。センターのコンピューター部門には大型の計算機が備え付けられており遺伝子解析プログラムの開発、病原微生物ゲノム解析をテーマに研究を行っています。

写真2 マイクロマニピュレーション実験室

 私は平成10年の6月から遺伝子機能解析分野を担当していますが、共同実験施設にありがちな、「立派な機械があるが、使いかたが難しく性能を十分に発揮する前に旧型モデルになってしまう」というような状況に陥らないように、はいどうぞという支援ではなく、「立派な技術」をそろえて、はいいらっしゃいという支援を心がけてきました(写真2)。幸いにも私たちは、受精の研究を通じて遺伝子機能解析に必須の操作である遺伝子改変動物の作製に関し、いろいろなノウハウを蓄積していたので、その知識を学内・学外のいろいろな研究室に対して提供することを主な支援業務として活動を始めました。我々の研究活動を先端的なものに維持することによってはじめて、高度な研究支援が可能になると考えていますので、大げさに言うと、我々の研究・教育活動のレベルの向上を通じて大阪大学全体の研究レベルを底上げしたいものと、使命感に燃えて研究・教育活動を行っています。

 コンピューター部門の支援は別にして、動物部門の支援は技術としては現在トランスジェニックマウスやノックアウトマウスの作製、胚の凍結・融解などを行っていますが、いずれも基本的には依頼者にトランスジーンや、ノックアウトベクターを準備してもらえば、出来上がったマウスをお渡しするというサービスになっています。トランスジェニックマウスの作製は実費のみで、ノックアウトマウスの作製は実費の支払いと共同研究という条件で引き受けています。ノックアウトマウスはこれまでにジャームライントランスミッションをしたものだけで100ラインを超しており、トランスジェニックマウスは300ラインを超すものを作製しています。オンラインで随時申請受付をしている関係からか、学内だけではなく、広く日本全国からの申し込みがあります。ちなみにそのアドレスは
http://133.1.15.131/TG/homeE.cfm
http://133.1.15.131/KO/homeE.cfm
となっています。申し込み以外にこれまでの記録や現在進行形のものがいつでも閲覧できるようになっています。


(2) 遺伝子機能解析分野

 代謝マップを眺めて満足感に浸る人がいるのは確かです。でも私は膨大で複雑な生命のしくみを単に解明するというのでは退屈してしまいます。私は命のはじまりである受精に焦点を当て、その中に存在する「美」を探求したいと思っています。彫刻家が木の固まりの中から「美」を彫りおこすように、生命という固まりの中から我々の心に驚きや美しさとして伝わる部分を彫りだして美しい作品(論文)を書きたいものと願いながら研究を行っています。科学の論理を突き詰めるだけでなく、サイエンスの中にロマンがなければいけないと、勝手な思い込みかも知れませんが、そう決め付けて研究を行っています。

 とはいえ一緒に研究してくれる人がいなければ、元気が出ません。移ってきた当初は私と助手(現、微研感染動物実験施設助教授)の伊川正人さん、ポスドクの山田秀一さん(現、京大ウイルス研究所助手)と元所属していた微研の西宗先生のところから拝借していた学生の中西友子さん(現、筑波大学助手)の4人で細々と始めました。かなり広い部員室の4隅にそれぞれが机をおいて、イスに座ったままスケートのようにころがして、隅から隅までツーっと移動していたのは懐かしい思い出です。

 現在は医学系研究科および薬学研究科の協力講座となっていますので、この両学科からの学生が配属されることになり、テクニシャンも含めて人数はあっという間に20人を突破してしまいました。研究室の中は縦型のピラミッド社会ではなく、平らなネットワーク型で運営したいと考えているので教授室はなく、私も学生さんもみな同じ部屋で机を並べています。平らな環境で、自由な発想をしてもらって、のびのびと研究をしてもらえるように心がけています。しかし、学生さんたちの言い分は、うっとおしい住人がそばにいるということになるのかもしれません。

 研究室で育てようとしている人材はDNAを切ったり貼ったりする分子生物学的な技術を持つこととそのような技術に基づいた考え方ができるとともに発生工学的な諸技術や発想も身につけた人です。要するに胚操作や実験動物に関する知識や技術をもった分子生物学者を育てたいというのが願いです。共同研究でノックアウトマウスを渡しても交配のさせ方をご存じないケースが往々にしてあり、試験管の中の生物学しか知らないのかな?と驚かされています。いくらサイエンスが専門化、細分化されたとはいえ、生命の不思議を試験管の中だけではなく、生き物を通してダイナミックに味わってもらいたいと思っています。発生工学的な技術やユニークな研究テーマを通してユニークな人材を育てたいというのが基本的な教育方針です。

 研究テーマは受精のメカニズムの解明が中心です。ヒトの体には60兆個もの細胞があるといわれていますが、子孫を残すためには精子または卵子という無防備なたった一個の細胞となり、そのひとつの細胞が60兆の細胞から全権を委任された個体の代表として見知らぬ相手と相互認識を行ったのち間違いがなければ融合をおこすという手順になっています。ところがどのような仕組みで相互認識が行われ融合に至るのかはほとんどわかっていません。私は、受精のメカニズムに関して分子生物学的な解析を行うためには遺伝子操作マウスの作製が不可欠なものであると考え、たくさんのトランスジェニックマウスを作製したりノックアウトマウスを作製したりして研究を続けています。

 このように考えるきっかけになったのは筑波大学の馬場忠先生が1995年にアクロシンと呼ばれる精子先体部分に含まれる酵素をノックアウトした論文を報告して以来です。アクロシンは精子が透明帯へ接着したり通過したりするのに非常に重要な役割を果たしているという論文が非常にたくさん出ていますが、なんとアクロシンをノックアウトしたマウスはほぼ正常な受精能を有していたということがわかりました。ということはこれまでの、生化学的な手法での解析はなんだったのか?ということになってしまいます。もちろん、ある遺伝子をつぶすと代償的に働く別の遺伝子がたくさん出ることもあるかもしれません。しかし、この結果は衝撃的でそれ以来、私は遺伝子をなくして見ないと真の姿は見えないという思いに駆られるようになりました。

 西洋にはミケランジェロの描いた「最後の審判」という有名な壁画があります。この絵の中では善か悪かについての最終的な判断が「絶対的な存在」によって行われています。私はこの存在と遺伝子ノックアウトがイメージ的に重なり、いろんな遺伝子が、ある表現系に関して必須なのかあるいは、代替可能なのかを最終的に判断するものは遺伝子ノックアウトであるというノックアウト教の信者になったわけです。

 ノックアウト教はとても強力なのですが、遺伝子ノックアウトの結果がどうなるのかは神のみぞ知る!ということで、アクロシンの例のように必ずしも望みどおりのお告げがあるわけではありませんが、反面、おもわずえっ!と驚くようなお告げがあるときもあります。私たちが最初に手がけたノックアウトマウスは精巣特異的な分子シャペロンのカルメジンでしたが、予想に反し精巣には何の不都合も見つからず、きわめて正常に見える精子が産生されました。ノックアウト最悪のお告げは、何もフェノタイプはない!というものです。私たちも最悪を覚悟しました。精巣でしか発現していない遺伝子を、ノックアウトしたのに何も起こらないのではその遺伝子の存在が無意味なものに思えて、遺伝子がかわいそうな気もしますが、それ以上にノックアウトしたのに論文がかけない状態になると自分たち自身がもっとかわいそうな身の上になってしまいます。ところがラッキーなことに私たちの場合はこのあとエッ!というお告げを頂くことができました。まともに見えた精子に受精能がまったく備わっていなかったのです。

 体外受精の系で検討すると透明帯に結合できないことがわかりました。その後fertilinと呼ばれる精子上のたんぱく質がノックアウトされましたがカルメジンノックアウトマウスと同じフェノタイプだったことから調べてみるとカルメジンノックアウトマウスからfertilinが消えていることがわかりました。というわけでノックアウトマウスを使うとお互いの連関がしっかりわかるので、ますますこの強力な方法のとりこになってしまいました。(余談ですが、じつはこれで問題が解決されたのではなく、アンギオテンシン変換酵素をノックアウトしても同じフェノタイプになるが、この精子にはfertilinが見つかるということで、完全な解決までにはもう少し時間が必要な感じです。)

 さて受精に先立って精子はキャパシテーションとか先体反応と呼ばれる反応を起こす必要があるのですが、これをどう検出するのかがまた頭の痛い問題です。これも遺伝子操作動物で解決できないかということで、先体部分にGFPをもったマウスを作製しましたが、この精子を利用すると先体反応の瞬間が可視化できるので、受精のメカニズムの研究には非常に重宝しています。現在では緑以外にも赤、青、黄色と総天然色が可能なので、2重染色なども思いのままで、何よりの利点は染色操作なく蛍光の発現を見ることができるという点です。

写真3 全身から緑色の蛍光を発するマウス

 ふたたび余談ですが、精子に目印をつける遺伝子操作を試みるうちに、全身から緑色の蛍光を出す "green mouse"を作製したりもしています。このマウスは再生医療の分野で大活躍しており、遺伝子操作動物の威力を実感しています(写真3)。

 さて、現在の生物系の学生さんが必ず読む教科書としてはMolecular Biology of the Cellという本がありますが、その受精の項の記述はまだまだ満足のいくものではありません。世界中の学生さんが読むような教科書に記述されるような発見をするのが夢で、「生命の秘密は受精にあり!」を合言葉に研究室の皆さんといっしょに研究に励んでいるところです。


(3) 最後にちょっと自己紹介

 サイエンスは富士山の高さに向かってちり紙を一枚ずつ敷いてゆくようなものだといわれています。これはたとえ小さな一歩でも、間違いのないデータを積み重ねてゆくことの大切さを説いた言葉だと思います。ところが私は難波・千日前にある吉本喜劇場の斜め向かいの家で生まれたせいか、何事も「おもろないとあかん」というのが信条になり、つい、着実なちり紙一枚分の解析よりも、おもわずへーっと言いたくなるほどの面白さをもとめてジャンプしてしまいます。そのせいで、いつも間を埋めることに苦労しています。コンピューターにもこだわるタイプで昔は一世をふうびしたNECの98ユーザーにMacintoshを薦め回ってたくさん転向者を作りましたが、自分はその後Windowsにジャンプしてしまい、ひんしゅくを買っています。特技は【忘却】で、これには多くの名作(迷作?)があります!研究室のホームページは
http://kumikae01.gen-info.osaka-u.ac.jp/EGR/index.cfm
からごらんいただけます。年中無休の24時間営業ですのでいつでもどうぞ!


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