テクニカルチップス マウス胎子未分化生殖原基のフラグメント 平松竜司 東京大学大学院農学生命科学研究科 |
【JRD2004年8月号(vol.50, No.4)掲載】
はじめに
□性分化研究と器官培養系
哺乳類の性決定は、基本的に、Y染色体上の精巣決定遺伝子Sry (Sex determining region on Y)の有無により厳密に制御されている。Sry は、HMGボックス型転写因子(DNA結合蛋白)をコードし、その発現は、マウスでは胎子性腺が形態的に精巣ないし卵巣に識別できる数日前に、性腺で一過性に発現する。そのため、Sry因子は、精巣特異的遺伝子の発現促進、あるいは卵巣特異的遺伝子を抑制することにより、未分化性腺を精巣に誘導すると推測されている。Sry が発見されて以来14年が経つものの、Sry が直接どの遺伝子を制御し、機能しているのか未だに解決されていない。こうした性分化機構解明のための一つの有用な研究方法として、未分化生殖原基を用いる器官培養法が挙げられる。未分化生殖原基を用いる器官培養法の利点としては、雌個体では、減数分裂の開始を経て、厚糸期の卵母細胞まで誘導でき、雄個体では、セルトリ細胞、及びライディッヒ細胞の分化誘導が可能であり、雌雄とも生体により近い精巣あるいは卵巣の形成(減数分裂の誘導を含む)が培養下で再現できる点にある。□マウス生殖原基の発生と前後軸
マウスでは、生殖原基は、胎齢約10.5日、中腎の腹側に体腔上皮下から派生し、前後軸に沿う一対の細長い細胞塊として認められ、その後、生殖細胞が腸間膜を経て生殖腺に侵入し、体腔に突出した生殖原基が形成される。哺乳類の胎子精巣、卵巣には、前後軸に伴った形態的、機能的な違いは認められていないが、マウス生殖腺の性分化の初期過程において、精巣決定遺伝子Sry の発現は、生殖原基の中央部に限局して発現を開始し、その後、前部/後部へと広がり、全領域にわたって認められるようになる1)。一方、卵巣の分化過程において、生殖細胞の減数分裂のマーカーであるStra8 の発現は、前部から後部へと広がっていくパターンを示す2)。また、性分化の初期過程において、Col2a1、Adamts19 などの幾つかのマーカー遺伝子が、前後軸に沿って偏った発現パターンを示すこと2,3)、卵精巣を示す異常個体において、卵巣領域が、後部において高頻度に認められること4)などから、性分化の初期過程においては、機能的に生殖原基の前後軸に沿った領域の差異が存在することが強く示唆される。しかし、実験的な確証はなされておらず、その生物学的意義も不明である。
本稿では、マウス生殖原基での領域特異的な分化誘導能の差異を検討するため、従来の生殖腺全体を用いた器官培養法を改良したフラグメント培養法(未分化生殖原基を領域ごとに分割した培養片)を用いた解析例とフラグメント培養を応用した再構築による解析手法について紹介したい。
実験準備器官培養についての詳細については、水上5)により詳しく記載されているため、ここでは簡単に説明する。
□動物
・ マウスICR系妊娠10、11日齢(日本SLC株式会社)
□道具
・ 写真撮影装置付き実体顕微鏡(OLYMPUS社)
・ 先の細いピンセット(5 INOXなど)
・ 注射器テルモシリンジ1 ml(テルモ社)
・ 注射針27G(テルモ社)
□培地
・ Dulbecco's Modified Eagle's Medium(DMEM)
・ ウマ血清(GIBCO BRL社)
・ Penicillin/Streptomycin(GIBCO BRL社)
・アガロース(Agarose, Type II: Medium EEO;SIGMA社)
□培養器具
・ 滅菌シャーレ(90×15 mmEOG滅菌済み)(イワキ社)
・ 35 mm ディッシュ(イージーグリップ細胞培養用ディッシュ;35×10 mm)(EAGLE社)
・ 24ウェルプレート(Multi Well Plate;SUMILON社)
・ CO2インキュベーター(Water Jacketed Incubator;BIO-LABO社)
・ フィルター(ISOPORE MEMBRANE FILTERS 3.0 μm TSTP;MILLIPORE社)
□PCR試薬
・ Taq DNA Polymerase in storage Buffer B(Promega社)
・ PCR Primers(33.3 pmol/l)
Ube1-F1:5'-TGGTCTGGACCCAAACGCTGTCCACA-3'
Ube1-R1:5'-GGCAGCAGCCATCACATAATCCAGATG-3'
・ Gene Amp PCR System 2700(Applied Biosystems社)
・ 電気泳動装置Mupid ミニゲル泳動槽(ADVANCE社)
実験手順当研究室で行っている実際を、詳細なフローチャートで以下に示す。
1)胎子/生殖腺の取り出し
各胎子の頭部組織のみ先に摘出し、PCRによる性別判定(補足1)を行う。
↓
PCRを行っている間に、実体顕微鏡下でtail-somite数の確認(補足2)、未分化生殖原基の単離・分割を行う(単離・分割の方法は文献5)に準拠)。摘出した未分化生殖原基は、培養開始まで、50%PBS-DMEM中(氷上)にて保持する(後で個体識別ができるよう、24ウェルプレートを用いて、摘出した生殖原基はそれぞれ別のウェルに入れて保持する)。
↓
性判定を行った後、
図1 マウス胎子未分化生殖原基のフラグメント培養法
a:アガロースブロック上にのせたフラグメントを注射針を用いて並べる。余分なDMEMを取り除いた後、24ウェルプレートに入れ、アガロースブロック周囲に培地を加えた後、培養する。
b:分割する前の未分化生殖原基
c:前後軸に沿って3つに分割した未分化生殖原基 d:アガロースブロック上で各断片を再結合させた状態。矢頭は各断片の端を示す。 Ant:前部 Mid:中央部 Post:後部 Bar = 100 μm2)アガロース-DMEM ゲルを用いた再結合後、培養(図1)。
注射針を用いて、未分化生殖原基を分割する。
↓
溝をつけたアガロースブロック(約10×5×5 mm)(補足3)を35 mmディッシュ上に置き、先を切った黄色チップで各断片(分割した未分化生殖原基片)を、数10 μlのDMEMとともにアガロースブロック上にのせる。
↓
注射針を用いて、実体顕微鏡下で断片の向き(背腹、前後方向)を合わせた後、切断面が合うように断片を並べる(この後の操作でDMEMを取り除く際に、断片は少なからず動いてしまうため、大体の位置でよい)。アガロースブロック上の余分なDMEMを取り除き(各断片が合わせ易くなる)、断片の位置をもう一度注射針で整える。
↓
接着させた断片をのせたアガロースブロックを、24ウェルプレートに入れ、アガロースブロック上の断片にかからないように、アガロースブロック周囲に300 μl(ブロックの高さの3/4程度まで)の培地(10%ウマ血清-DMEM)を加えて、CO2インキュベーターに入れ、37℃ 5%CO2下で静置培養を行う。
器官培養開始後24時間ごとにアガロースブロック周囲の培地を交換し、3日間培養を行う。
↓
3)組織切片/再構築組織の解析
培養3−5日目の培養片を、常法に従い固定後、組織切片を作製。染色後、観察し、器官培養下での生殖腺の発生・分化を形態的に明らかにすることができる。また、ホールマウントin situハイブリダイゼーション(方法は文献6)に準拠)により、セルトリ細胞の分化マーカーであるSox9、間質のライディッヒ細胞の分化マーカーである3bHsdなど、性分化関連遺伝子の発現を調べることができる。
補足1 性別判定7)
性別判定用に採材した頭部組織(1.5mlチューブ内のDW中に保持)をボルテックスにかけ、10分間100℃で加熱する。2)ボルテックスにかけ、遠心(フラッシュ)させる。3)0.5 μlの上清を、以下のPCR反応液(9.5 μl;DW 6.18 μl、10×Taq buffer 1 μl、25μM MgCl2 0.52 μl、10mM NTPs 1 μl、Ube1-F1 0.3 μl、Ube1-R1 0.3 μl、Taq polymerase 0.2 μl)と混合し、95℃:5分、(95℃:30秒、58℃:30秒、72℃:60秒)31サイクル、72℃:10分でPCRを行う(所用時間 2時間)。常法により3%アガロースゲルで電気泳動を行う(30分程度で判定可能)。
雄は217bp、198bpの2本のバンド、雌は217bpのバンドが1本検出される。(雄の2本のバンドは1本の太いバンドのように見えるが、雌の1本のバンドとは異なるため、判定可能である。)
補足2 マウスのtail-somite (ts) ステージ(図2)
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図2
a:代表的な性分化関連遺伝子の発現パターンとtail-somiteステージ(ts)および胎齢の関係
b:16tsのマウス胎仔の尾部の実体顕微鏡像。白線は尾体節の節目を示す。精巣決定遺伝子Sry の発現は、マウスにおいて、胎齢11.0日(12ts)に開始し、胎齢11.5日(18ts)にピークに達した後、胎齢12.0日(24ts)には消失するといった一過性の発現パターンを示す。また、Sry が直接制御している遺伝子の候補であるSox9 は、Sry の発現開始後約4時間後に発現が開始する。このように、Sry および性分化関連遺伝子は、数時間単位で変化する発現パターンを示すため、マウスの性分化研究を行う上で、胎齢スケールよりも詳細なスケールのステージ分けが必要である。現在、こうした観点からtail-somite(ts)ステージが用いられている。 tsステージと胎齢、代表的な性分化関連遺伝子の発現を図2aに示す。tail-somiteは、透過型の実体顕微鏡下で尾部内の体節数をカウントする(例えば、図2bの胎子では16tsとなる)。
補足3 アガロースブロックアガロース0.075gにDMEM 5 mlを加え、加熱後35 mmディッシュに流し、冷却し固める。固まったアガロースゲルを35 mmディッシュから取り出し、正方形になるように周囲を切除する。さらにゲルを12等分に分割し、アガロースブロックを作製する。
実験例
【1】分割した生殖原基の断片の培養例 (図3;文献8)を参照)
図3 フラグメント培養5日目における、各培養片の組織切片像
トルイジンブルー染色。 Ant:前部 Mid:中央部 Post:後部 Bar = 100 μm各tail-somiteステージにおける、生殖腺各領域の分化誘導能を評価するために、未分化生殖原基を前後軸に沿って3分割し、それぞれを器官培養した。培養5日目に、常法に従い固定し、切片を作製。染色後、観察した。その結果、15ts(胎齢11.25日)以降からフラグメント培養したどの領域(前部/中央部/後部)においても、精巣索の形成が形態的に確認された。また、ホールマウントin situハイブリダイゼーションにより、セルトリ細胞の分化にはSox9、間質のライディッヒ細胞の分化には3b-Hsdをマーカーとして、各々の遺伝子の発現を調べた。その結果、Sox9、3b-Hsdともに、どの領域でも発現が確認された8)。以上のことから、未分化生殖原基を分割してフラグメント培養することにより、各領域の培養片において均等に、セルトリ細胞、及びライディッヒ細胞の分化を誘導することが可能であることが確認された。
【2】分割した生殖原基を再構築させた培養例 (図4)
図4 再構築させる断片の組み合わせの一例
a:前後軸に沿って未分化生殖原基を3つに分割し、雄と雌の中央部の断片を入れ替え、再結合させた。
b:雌/雄/雌の組み合わせで再構築した培養群の実体顕微鏡像(培養5日目)。
c:bの培養片の組織切片像。HE染色。 ce:体腔上皮 g:生殖腺領域 mn:中腎 Bar = 100 μm各々で分化の誘導が可能である分割した未分化生殖原基断片を、図4aのように様々な組み合わせで接着させて再構築し、器官培養することで、細胞の動態や形態形成を観察することができる。
中央部の分化誘導能の要因を検討するために、前部-XX/中央部-XY/後部-XX、およびその逆の生殖原基の組み合わせで培養を行った。その結果、実体顕微鏡下では、切断していないコントロールの培養群と同様に、生殖腺領域が楕円状のまとまった形を呈した(図4b)。また、組織レベルでも体腔上皮が生殖腺領域をきれいに覆っている像が確認できる(図4c)。このことから、断片同士が明瞭に再構築され、一つの生殖腺を形成していると考えられる。この再構築させた培養生殖腺における形態形成や遺伝子発現パターン等を解析することで、領域特異的な分化能パターンの要因を検討することが可能であると考えられる。
おわりに以上のように、未分化生殖原基に分割などの操作を加えても、器官培養により分化を誘導できることが明らかとなった。今後、雄と雌の組み合わせや、ステージの異なる断片の組み合わせなどの“キメラ生殖腺”を作製し、生殖腺の分化が形態的および分子レベルでどのように変化するか、また、LacZ染色により細胞が青色に染まるROSAマウスとの再構築培養を行い、細胞がどのような動態を示すかなどを解析して行こうと考えている。これらのことから、性分化の初期過程において存在すると示唆される、生殖原基の前後軸に沿った領域の機能的な差異を実験的に確証し、その生物学的意義を明らかにしたいと考えている。本稿により、少しでも他研究室の先生方に本器官培養法を応用していただければ幸いである。
謝辞ここに紹介した実験を行うにあたり、東京大学・獣医解剖学教室の室員に多大なるご助力、協力を頂いたことに深く感謝いたします。
参考文献1) Bullejos M, Koopman P. Spatially dynamic expression of Sry in mouse genital ridges. Dev. Dyn. 2001; 221: 201-205.
2) Menke DB, Koubova J, Page DC. Sexual differentiation of germ cells in XX mouse gonads occurs in an anterior-to-posterior wave. Dev. Biol. 2003; 262: 303-312.
3) McClive PJ, Sinclair AH. Type II and IX collagen transcript isoforms are expressed during mouse testis development. Biol. Reprod. 2003; 68: 1742-1747.
4) Taketo T, Saeed J, Nishioka Y, Donahoe PK. Delay of testicular differentiation in the B6.YDOM ovotestis demonstrated by immunocytochemical staining for Mullerian inhibiting substance. Dev. Biol. 1991; 146: 386-395.
5) 水上拓郎,金井克晃,金井正美,平松竜司,藤澤正彦,九郎丸正道,林 良博.マウス未分化生殖原基の器官培養による精巣,卵巣への分化誘導 J. Reprod. Dev. 2002; 48(1) XX-XXIII.
6) 金井克晃,金井正美.4.3 in situ ハイブリダイゼーション.マウスラボマニュアル第二版pp194-219 (2003)(シュープリンガー・フェアラーク東京株式会社)
7) 中馬新一郎.始原生殖細胞の培養と減数分裂への移行.幹細胞・クローン研究プロトコールpp33-41(2001)(羊土社)
8) Hiramatsu R, Kanai Y, Mizukami T, Ishii M, Matoba S, Kanai-Azuma M, Kurohmaru M, Kawakami H, and Hayashi Y. Regionally distinct potencies of mouse XY genital ridge to initiate testis differentiation dependent on anteroposterior axis. Dev. Dyn. 2003; 228:247-253.
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