書評

新しい家畜繁殖学

田谷一善・三宅陽一 監修
発行/2002年
チクサン出版社
180頁 B5版
臨床獣医 臨時増刊号 20巻3号
定価/2,800 円 
(本体 2,667 円)

【JRD2003年6月号(Vol. 49, No. 3)掲載】


近年の家畜繁殖学の進歩は、周辺学問領域、ことにバイオテクノロジーの著しい進展と、さらに繁殖学個々の分野の深化にともなって、真に目を見張るばかりである。

 生体の恒常性の維持には、従来考えられてきた古典的ホルモンとともに、成長因子やサイトカインなど免疫関連物質が大きく関与していることが近年明らかになってきた。このことは、繁殖機能の支配調節機構についても例外ではないことはご承知の通りである。これらのことから、ホルモンの概念は大きく変化し、現在ではホルモンは、かつての古典的ホルモンと、成長因子やサイトカインなど、いわゆるニューホルモンを包含するものと理解されるようになっている。また、ホルモンの作用機序についても、従来のエンドクリン(内分泌)作用ばかりでなく、パラクリン(傍分泌)作用、オートクリン(自己分泌)作用の存在が良く知られるようになっている。さらに、多くのホルモンの支配調節機能についても、受容体研究の進歩と分子生物学の発展によって、細胞内での具体的な生化学反応として理解されるようになってきている。

 生化学的研究手法の進歩は、インヒビンやアクチビン、レプチン、グレリン、インターフェロンτ(タウ)などの新しいホルモンあるいは妊娠関連物質などの発見につながり、さらに測定法の進歩はこれらホルモン等の生体内での役割を明らかにするとともに、各種ホルモンの動態の詳細解明に貢献している。
 さらに、有機合成化学の進歩は、各種ホルモンやそのアナログの合成を可能にし、ホルモンの臨床応用の面で著しく貢献した。しかし、20世紀における有機合成化学の飛躍的な進歩は、農薬、殺虫剤、樹脂、合成繊維、染料、界面活性剤、可塑剤としてばかりでなく、われわれの繁殖学分野にも大きな利益をもたらす一方で、自然界に存在しない多様な化学物質の出現は、内分泌撹乱作用の面で環境分野に大きな問題を投げかけることになった。

 超音波断層画像解析法の進歩は、生体内でおこる生殖器官の形態や質的変化を生体の侵襲なしに観察できるようにしたことから、卵巣など生殖器官の性周期にともなう時系列変化の解明を可能にし、その結果、卵巣における卵胞発育ウエーブの存在などが明らかになった。これらの研究結果は胚移植技術分野にも応用されて、新技術の発展に貢献している。

 胚移植技術の進歩は、黒毛和種の胚をホルスタイン種の子宮に移植して産子を得るなど、自然界では起こりえないことを可能にするとともに、体外受精技術や精子および卵子の凍結保存技術の進展は、高品質家畜の低コスト生産や家畜の育種改良分野への高度な応用に貢献している。また、クローン動物はその遺伝的均一性を生かして種々の試験家畜としての活用や家畜改良への寄与が期待されている。

 このように、家畜繁殖学の内容が著しく進歩、発展、変貌しつつある背景の中で、本書が出版されたことは誠に時宜を得たものと言える。本書がこれら家畜繁殖学の新しく進展しつつある部分を広範に取り上げ、現在あるいは将来にわたってわれわれが理解しておかなければならない問題を、限られた紙面の中で簡潔に記述されていることに敬意を表したい。
 各章の構成は家畜別、項目別に極めて理解し易い組み立てになっている。しかも、執筆者は現在わが国のそれぞれの研究分野で牽引車として活躍しておられる方が多い。その点で内容に説得力があり、現在の最先端の研究実態を学ぶ上で大変優れた指南書と言えよう。
 さらに、本書は家畜繁殖学の教育・研究分野に従事しておられる方々ばかりでなく、臨床の現場で活躍されている臨床家にとっても、生体のメカニズムを理解するのに有用であろう。本書を座右に置いて、臨床のかたわら活用されることをお薦めしたい。


(森 純一)


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