これからの教育・研究を考える その1 |
【JRD2003年6月号(Vol. 49, No. 3)掲載】
獣医学分野にとどまらず、広く動物科学系分野においては、これまでも教育内容やシステムの向上を目指した教育改善に取り組み、成果を挙げてきた。しかし、高等教育への社会的ニーズ、様変わりする動物産業、教育・研究の国際化、人と動物をとりまく環境や意識の変化などは一層の改革・改善を求めている。そこで、今回はウルグアイ共和国の獣医学部教授選考にあたって選考委員の任に当たられた大澤健司先生(岩手大学)が獣畜新報(JVM)55巻6号(2002年6月号)に載せた資料を転載し、今後の我が国における教育のあり方を考えることを企画した。
なお転載を承諾して下さいました文永堂出版(株)には心から感謝申し上げます。
ウルグアイ共和国大学獣医学部の概要と教授選考方法
岩手大学農学部 獣医学科 大澤健司
はじめに
筆者は2001年11月5日より8日まで、南米ウルグアイ東方共和国の共和国大学獣医学部の主任教授選考委員会の委員として仕事をする機会に恵まれた。同獣医学部の概要と教授選考方法について紹介する。
1.ウルグアイ東方共和国
ウルグアイ東方共和国は南米のブラジルとアルゼンチンに挟まれた国であり、地理的には日本から最も遠い国である。日本の約半分の国土面積(17万7千m2)に人口320万人という小さな国であるが、人口の大部分はスペイン、イタリアからの移民の子孫であり、アルゼンチンと共に南米のヨーロッパと形容されており、インフラもよく整備されている。また、国の社会福祉制度が早くから充実していたことから、かつては南米のスイスとも呼ばれていたが、経済のグローバル化に伴い、大きな産業を持たない同国の経済状況は悪化している。とはいえ、牛の飼養頭数は約1,000万頭、めん羊に至っては約1,300万頭を有する南米でも有数の畜産国であり、国民1人あたりの牛肉消費量(年間約70 kg)は世界一である。
2.ウルグアイ共和国大学獣医学部
ウルグアイ共和国大学(以下共和国大学)は創立(1849年)以来150年以上の歴史を持つ、同国唯一の国立の総合大学(農学部、建築学部、理学部、経済経営学部、社会学部、法学部、人文教育学部、工学部、医学部、歯学部、心理学部、化学部、および獣医学部の計13学部よりなる)であり、獣医学部はこの国唯一の獣医師養成機関(6年制)である。
獣医学部は1903年に創設され、現在のキャンパスは首都モンテビデオ市内に6 haの敷地と10,500 m2の建物面積を有している。創設時にフランス獣医学の影響を受けた関係で、学部の建物にも当時のフランス建築様式が取り入れられ、それらのほとんどが創設以来現在まで使用されている。
学部は20学科と動物病院(計42講座)に加えて学術補佐ユニット(後述)、北部地域分校、二つの実験牧場、水産学研究所および核医学研究室などからなり、これらの組織に合計約300名の教員が所属している(表1)。また、教員の他に技術職員と事務職員合わせて約200名が働いている。非常に充実したスタッフのように映るが、教員の大半は研究機関、民間企業、あるいは個人病院といったところで兼業しており、大学教員を専業としているのは学部長を含め教員の約3%のみである。さらに、多くの欧米諸国と同様に任期制のポストが多数ある。教育職の等級は副手、助手、助教授、准教授、そして主任教授と五つあるが、助教授以上の教員は教員全体の約20%であり、主任教授は各講座に1人である(主任教授がいない講座もある)。
学部の最高意志決定機関は学部協議会と呼ばれ、学部長1名、教員代表5名、卒業生代表3名、および学生代表3名からなっており、学部運営、学部規則、授業カリキュラム作成、教員人事、さらに予算作成などの重要事項について決議する。この学部協議会とは別に学部の教授会が存在し、教員代表10名、卒業生代表10名、および学生代表10名から成り、学部長の選考、学部協議会への授業カリキュラム作成に関する助言といった役割を担っている。
学生定員はなく、希望者は全員入学が許される上、学費は無料であるので毎年200名前後が入学する。しかし、進級は厳しいため留年者や退学者も多く、結果として卒業までに要する平均年限は10年以上であり、卒業生は毎年100名前後である。また、つい最近になり初めて修士課程が設置されたものの、博士課程の設置には至っていない。教員290名のうち、修士号を持つ者が20名、博士号を持つ者が18名しかいない、というのもこれらの学位を取得するためには海外留学以外に道がなかったという事情が反映されているようである。
近年の財政事情の悪化のために設備投資の予算がなく、施設の老朽化が大きな問題となっているものの、歴代の獣医学部長のなかにはサルモネラ菌の発見者であるサルモン博士(1906年に米国より招聘)も名を連ねていることからも察せられる通り、外国との交流を通して学術レベルの向上に常に前向きに取り組むという伝統があり、それは創立以来今日まで健在のようである。
表1 ウルグアイ共和国獣医学部の教育研究組織
6研究部門,動物病院含む20学科,42講座、および附属施設等 |
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(カッコ内は教員数。技術職員および事務職員の人数は含まず。)
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§獣医生命科学研究部門*1 | §臨床獣医学研究部門 | §栄養科学・技術研究部門 | |||
生物統計学科*2 | 動物病院センター | 食肉科学科 | |||
生物統計学講座*3(5) | 初診セクション(2) | 食肉科学・衛生検査学講座(7) | |||
形態・発生学科 | 総合診療講座(不明) | 乳科学科 | |||
解剖学講座(13) | 外科学講座(8) | 乳科学・衛生検査学講座(5) | |||
組織学・発生学講座(9) | 診断学講座(12) | §地方活動研究部門 | |||
分子細胞生物学科 | 薬局(2) | 環境学・獣医法規学科 | |||
生化学講座(11) | 小動物学科 | 獣医法規学講座(2) | |||
生物物理学講座(4) | 小動物病態診療・ 犬育種繁殖学講座(10) |
獣医公衆衛生学講座(4) | |||
遺伝学講座(10) | 反芻動物・豚病学科 | 予防医学・疫学講座(3) | |||
生理学科 | 反芻動物・豚病態診療講座(11) | 社会科学科 | |||
生理学講座(18) | 馬病学科 | 獣医エクステンション講座(12) | |||
薬理学講座(3) | 馬病態診療講座(11) | 社会学講座(1) | |||
§病態生物学研究部門 | §生産動物研究部門 | 農牧経済・経営学講座(3) | |||
病理学科 | 牛学科 | 教育研修プログラム学科 | |||
病理学講座(13) | 牛生産技術講座(8) | 獣医学導入実習講座(5) | |||
毒性学講座(4) | 動物栄養学科 | Paysand(一地方都市名)パイロット講座(9) | |||
獣医寄生虫学科 | 栄養学講座(10) | 技術協力研修講座(2) | |||
寄生虫学・寄生虫病学講座(14) | 農牧技術学講座(2) | §核医学研究室(3) | |||
微生物学科 | めん羊・山羊学科 | §水産学研究所(11) | |||
細菌学講座(9) | めん羊・山羊講座(8) | §学術補佐ユニット(3) | |||
ウイルス学講座(2) | 農場動物学科 | §北部地域分校(16) | |||
免疫学講座(3) | 家禽疾病・養鶏学講座(7) | §実験牧場1および2(3) | |||
養蜂学講座(2) | §情報処理ユニット(2) | ||||
ウサギおよびその他の | §教育法改善ユニット(6) | ||||
動物生産・衛生学講座(2) | |||||
養豚学講座(3) | |||||
繁殖学科 | |||||
臨床繁殖学講座(4) | |||||
生殖工学講座(5) | |||||
動物育種学講座(4) | |||||
*1 | 研究部門(institute):各研究部門には所長(director)がおり、所内の学科における教育、研究および エクステンション活動の推進や評価、人的資源の運営、財源の監理といった業務を担っている。 |
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*2 | 学科(department):各学科にはコーディネーターがおり、学科内の教育活動の調整、情報の伝達、 研究の推進、予算の調整、学科全教員を対象とした定例会議の招集などを行っている。また、学科助言会 という会議があり、数名の教員と学生代表などから構成されている。 |
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*3 | 講座(area):直訳すれば“分野”となるが、研究分野を同じくする教員の単位であり、日本の大学における、 いわゆる小講座に相当するものである。 |
3.主任教授選考委員会出席に至る経緯
筆者は2001年9月までの1年間、国際協力事業団の専門家(繁殖病理学)としてウルグアイに派遣され、「獣医研究所強化計画」プロジェクト(5カ年)の最後の1年にかかわった。ウルグアイ獣医研究所は農牧省畜産局の一機関であり、獣医学部と直接の関係はないものの、同研究所の研究員の中には大学で教えている人も少なくはなく、1年間の滞在中に彼らを通じて多くの獣医学部関係者と知り合うことができた。そのような経緯から、2001年11月に開催された同学部臨床繁殖学講座の主任教授選考委員会の委員として招かれることになった。
4.選考委員会のメンバーと仕事
選考委員は5名であり、すべて外国人である。その理由の一つは、国内には他に獣医学部がないため、同じ分野(今回の場合、臨床繁殖学)の教育研究者を国内で探すことができないということがあげられる。また、選考に公平を期すためには、ウルグアイ共和国大学と利害関係のない人が選考委員を務めることが望ましい、という事情もあった。さらに、欧米での留学を経験して自国以外の高等教育システムを理解していること、ウルグアイの獣医畜産事情を知っていること、などが選考委員の人選を行う上での条件となった。今回の教授人事に関する選考委員の人選については、選考委員会開催の半年ほど前から学部協議会の場で話し合われ、上記の条件に基づいて5名を推薦し、学術補佐(後述)を通して各人に受諾の可否を照会する、という過程で行われた。その結果、Dr.
David Galloway(メルボルン大学、オーストラリア)、Dr. Rodrigo Costa Mattos(リオグランデ連邦大学、ブラジル)、Dr.
Humberto del Campo(南チリ大学、チリ)、Dr. Luzbel de la Sota(ラプラタ大学、アルゼンチン)、そして筆者の5名が選考委員に決定した。なお、選考委員の旅費や滞在費等の必要経費はすべてウルグアイの獣医学部より支給された。前述した如く予算に余裕がない状況下において、外部選考委員の招待に相当の予算を充てるという事実に驚くと同時に、人事には万事を尽くすという姿勢が伺われた。
選考委員の仕事を要約すると、1)応募者の履歴書および関係書類に目を通すこと、2)上記書類の内容を評価し、点数をつけること、3)応募者の講義を聴き、インタビューをすること、そして4)今回のポストに相応しい人物を選ぶこと、の4点である。
5.選考方法
![]() |
写真1 選考委員による書類審査
(左から、Dr. Galloway, Dr. Mattos, Dr. de la Sota, Dr. del Campo) |
教授選考は公募される。実際には共和国大学の教員が1人ないし複数応募してくる場合が多いが、大学の外でキャリアを積んできた者にも当然応募資格がある。応募者が決まった段階で、選考委員会が組織される。そして、選考委員会が応募者のなかから最も適任と思われる1人を推薦した後、学部協議会の場での承認という手続きを経て、最終的にそのポストの人事が決まるという段取りである。獣医学部には学部長事務を担当する組織があり、学術補佐ユニットと呼ばれており、常時3名が勤務している。秘書が1名、そして他の2名は学術補佐という職種であり、彼らはまた獣医師でもある。今回の人事にも学術補佐が中心となり、我々外部の選考委員の人選と各委員との連絡を担当していた。また、今回のポスト募集に対しては2名の応募者があり、この2名から1名を選考するという作業になった。
教育職の等級毎に選考方法に関する規約が明文化されており、選考は当然のことながら規約に則って行われるので、外部から来た選考委員はまずそれらの規約を理解する必要がある。主任教授(等級5)選考の材料となるものは書類審査(業績評価)と選考試験であり、それぞれ50%の比重がある。このうち選考試験はさらに、実地試験、公開講義、および今後の研究プランに関するインタビューの三つに分けられ、配点は三等分される。これらの項目がすべて採点され、合計得点の一番高い者を推薦することになる。ただし、書類審査の結果は選考試験を実施する前に各応募者に知らされ、もしも自分の得点に不満がある場合には異議を申し立てることができる。その異議を正当なものかどうかを選考委員会は直ちに審議したうえで、必要であれば得点が修正され、修正する必要がないと判断されれば、その判断理由を付けた上で異議が却下されることになる(今回も応募者の1人から書類審査の得点に対して異議が出されたが、審議の結果、得点は修正されなかった)。ちなみに、准教授(等級4)は主任教授と同じ規約に則って選考されるが、選考委員の人選はウルグアイ国内の範囲で行われるのが普通のようである。なお、助教授(等級3)では選考試験が若干異なり、予め決められたテーマに関する公開講義と将来の研究プランに関するインタビューの二本立てとなっており、これと書類審査が50%ずつの比重を占めている。また、助手(等級2)は選考試験の比重が75%(理論40%、実地35%)を占め、副手(等級1)は業績ができる前に応募するのが普通であることから、選考試験(理論と実地が半々)の比重が95%(卒業前の学部学生が応募する場合)ないし90%(一般から応募する場合)を占めている。
表2 業績評価シート
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1.1.1.1. | 学 歴 学部(学業:専門分野) |
1.25
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1.1.1.2. | 学 歴 学部(学業:一般分野) |
1.25
|
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1.1.2. | 学 歴 学部(その他) |
0.5
|
|
1.2. | 学 歴 学士 |
7.0
|
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1.3.1. | 学 歴 卒後の学位(博士号) |
5.5
|
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1.3.2. | 学 歴 卒後の学位(修士号) |
3.5
|
|
1.3.3. | 学 歴 卒後の学位(その他) |
1.0
|
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小計 |
20
|
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2.1. | 教育歴 過去の選考試験成績 |
6.0
|
|
2.2. | 教育歴 カリキュラム内 |
7.0
|
|
2.3. | 教育歴 カリキュラム外 |
4.0
|
|
小計 |
17.0
|
||
3. | 研究歴 |
20.0
|
|
小計 |
20.0
|
||
4.1. | 獣医師としての活動歴(専門分野) |
12.0
|
|
4.2. | 獣医師としての活動歴(専門分野外) |
6.0
|
|
小計 |
18.0
|
||
5.1. | 公務としてのエクステンション活動歴 |
7.5
|
|
5.2. | 公務以外のエクステンション活動歴 |
7.5
|
|
小計 |
15
|
||
6. | 政府関係業務、学内運営業務 |
5.0
|
|
小計 |
5.0
|
||
7. | その他の活動歴 |
5.0
|
|
小計 |
5.0
|
||
合計 |
100
|
書類審査(業績評価)(写真1)に関しては、『獣医学部教育職志願者の業績関係書類に関する規則』や『獣医学部教育職選考における業績評価および試験採点に関する規則』などに従って選考作業が行われる。『獣医学部教育職選考における業績評価および試験採点に関する規則』には、例えば「推薦者1名の得点は全配点の65%以上なければならない。(第4条)」、「応募者の四親等以内の親族は選考委員になることはできない。(第5条)」、「選考委員は審査の経緯と最終決定についての報告書を提出しなければいけない。(第7条)」などの記述があり、また『獣医学部教育職志願者の業績関係書類に関する規則』には、「審査委員は論文の別刷りや資格の証明書等、証拠を伴わない業績や履歴を採点の対象としてはいけない。(第3条)」といった記述があるように、選考が公平かつ厳正に実施されるように配慮されている。なお、業績評価の基礎となる書類は七つの項目から成っており、「業績評価基準」のなかでそれぞれの項目毎の配点が定められている(表2)。この配点は教育職の等級および専門分野により若干の違いがあり、例えば臨床系では、獣医師としての活動歴やエクステンションの比重が基礎系と比べてやや高く、基礎系では学歴や研究歴の比重がやや高くなっている。
選考試験は、実地試験、公開講義、そして研究プランに関するインタビューの3項目から成る。実地試験は、ある問題が発生している牧場に実際に出かけ、その問題を解決する能力を口頭試問により問うものである。公開講義は、選考委員と学生の前で、実地試験で扱った牧場のケースを材料として講義し、教育者としてのプレゼンテーション能力を評価するものである。また、研究プランに関するインタビューは、応募者自身の今後の研究プロジェクトについて聞き、研究者としての資質を評価するものである。
今回の実地試験のために学術補佐担当者が用意した牧場は3か所あり、選考委員会がその中から1か所を選んだ。各応募者が聞き取りと現場の調査を行うにあたり予め与えられた情報は、その牧場を担当している臨床獣医師からの以下のEメールであった。「その牧場に通い始めて4か月になる。牛群の頭数は75頭、うち53頭が搾乳牛である。発情発見率は60%。ストロー融解から注入器への装填までの準備に不備な点があるように思われる。発情周期は1〜16日が6%、17〜24日が71%、25日以上が23%。牛群(53頭)としての平均分娩間隔は18.2ヶ月、平均空胎期間は266日。精液毎の受胎率は、57%の種雄牛もいれば、13%の種雄牛もいる。全ての繁殖関係データはパソコンに入力すると同時に筆記による記録も行っている。血液検査結果からレプトスピラと牛ウイルス性下痢陽性牛の存在が疑われる。現在、これら二つの疾病に対するワクチンが牛群に接種されている。精液検査も実施している。」以上の手掛かりをもとに、応募者は牧場調査を開始することになった。
表3 教員評価シート
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学 科 目:獣医臨床繁殖学 | |
教 員 氏 名:************** | |
講義テーマ:一酪農牧場における繁殖障害について | |
日 時:2001年 11月8日 | |
1.
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講義者(演者)は講演テーマの目的を明確に示していたか? |
2.
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講義の展開には秩序があり、講演テーマのコンセプトをわかりやすく示していたか? |
3.
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講義者は講義を展開していく中で、ある概念を説明するために、例とコメントを適切に示していたか? |
4.
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講義のテンポは、聴衆が説明をフォローし、テーマを理解する上で適当であったか? |
5.
|
講義中、演者は用いた専門用語を正確に定義していたか? |
6.
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講義を終えるにあたり演者は総括を行い、講義テーマの重要なコンセプトを強調していたか? |
7.
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講義に用いた教育機材(スライド、黒板、OHP、ポスター等)は講義のテーマをより深く理解する上で 実際に視覚的に役に立っていたか? |
8.
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引用した文献は明確に説明されていたか? |
教員評価シートの記入要領 | |
学生のみなさんへ | |
1
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全ての項目について質問内容を注意深く読んで下さい。 |
2
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本シートは講義終了の際に、客観的に、そして責任を持って記入してください。 |
3
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全ての質問について、以下の番号から一つを選んでください。 |
(1):非常に不満 (2):不満 (3):最低限は満たしている | |
(4):良い (5):素晴らしい |
公開講義では、選考委員と共に10名の学生が、応募者である教員の講義(プレゼンテーション)を聴き、所定のシート(表3)に評価を記入する。学生によるこの評価は選考委員が採点する際の参考資料にはなるものの、そのまま加算されるわけではない。それは同時に、評価に参加した学生は、選考委員による選考結果に対して責任を負う必要がない、ということも意味している。しかしながら、教員評価に参加する学生(教員評価委員)は厳正に選ばれる。その条件として例えば、獣医学部の学生であることはもちろんのこと、当該科目(今回の場合は臨床繁殖学)の単位を既に取得していなければいけないということがあげられる。そしてこれらの条件を満たした学生のなかからくじ引きで10名が選ばれる。また、教員評価委員に選ばれた学生は、評価の対象となる公開講義を欠席することは許されず、正当な理由なくして欠席した場合には一定期間、定期試験の受験資格を失うことになる。すなわち、応募者である教員を評価する義務を負っているのである。以上の事柄はすべて、「学生による教員評価委員会規約」なるものに明記されている。ちなみに、公開講義とも名付けられているように、教員評価委員である学生以外でも希望者は誰でも聴講することが可能であり、今回も我々以外に一般臨床獣医師や評価に関係しない学生が聴きに来ていた。
選考試験の最後は、研究プランに関するインタビューである。まず、応募者が自らの研究プランの背景、目的、試験方法、そして期待される成果などについてプレゼンテーションを行い、その後に選考委員が一人ずつ質問していくという形式ですすめられ、今回もその通り実施された(写真2)。これに関しては、日本でも見られるように、研究グラントや教員ポスト選考にあたっての応募者によるプレゼンテーションと同様であると思われる。
以上の選考作業が月曜日から木曜日の4日間に集中して実施された(表4)
表4 選考委員会および選考試験の開催日程
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11月5日(月) | 午前9時半: | 各委員の自己紹介と採点方法(規則)の確認に引き続き、履歴書等の書類審査(午後6時終了) |
11月6日(火) | 午前10時: | 実地試験のための牧場を訪問し、担当の臨床獣医師および現場の責任者から繁殖障害に関する問題点の聞き取り、データ採取を行う(午後2時終了) |
午後5時: | 獣医学部にて書類記入事項(論文の別刷り等)の内容確認(午後7時終了) | |
11月7日(水) | (午前は候補者のみの行動) | |
午前8時: | 獣医学部出発 | |
午前10時: | 1人目の候補者が、牧場を訪問、調査し、担当の臨床獣医師および現場の責任者より聞き取りを行う(持ち時間1時間半) | |
午前11時半: | 2人目の候補者も以下同様。 | |
午後1時: | 獣医学部着 | |
午後4時半: | 実地試験:1人目の候補者が選考委員の前で牧場調査結果について説明、質疑応答(午後6時まで) | |
午後6時半: | 2人目の候補者も同様(午後8時まで) | |
11月8日(木) | 午後12時: | 公開講義:1人目の候補者が前日のケースについて講義(午後1時まで) |
午後1時半: | 2人目の候補者も同様(午後2時半まで) | |
午後3時: | 1人目の候補者が選考委員の前で自身の研究プランについて説明、質疑応答(午後5時まで) | |
午後5時15分: | 2人目の候補者も同様(午後7時15分まで) | |
午後7時半: | 選考委員による審議、最終決定 |
![]() |
写真2 選考試験の一つである公開講義の様子 |
6.選考結果
以上の選考過程を経て全得点が集計された結果、2人の応募者から1人が選ばれた。選ばれた人の研究実績はもう1人と差はなく、大学における教育者としてのキャリアに関しては寧ろ不利であったものの、研究テーマがウルグアイの粗放的な畜産形態に適した内容であり、フィールドにおける臨床獣医師としてのキャリア、そして問題の捉え方が優れていたことが、今回の臨床繁殖学講座の主任教授に選考される際の大きなアドバンテージになったと思う。例えば、実地試験の対象となった牧場について、限られた時間内であらゆる角度から現場の観察と複数人からの聞き取りを行い、一通りの繁殖成績データを収集した上で、精液、感染症、飼料、牧草、土壌、あるいは周囲の環境といった、繁殖障害の原因となり得る要因を入念にチェックしていた。そして公開講義の場では、それぞれの要因が繁殖障害に至るメカニズムを具体的な例を示しながら一般論としてわかりやすく説明しつつ、今回のケースでは考えにくいということを理由を付けながら一つ一つ消去していき、最後に「やはり、人工授精の失宜が最も考えられる原因である。」という結論を導き出していた。もちろん、選考委員を含めて誰も本当の原因は知らないので正解は存在しないのであるが、以上のような講義を聞くことで、その人の臨床家としての経験と教育研究者としての力量を推察することができた。
おわりに
今回の選考委員会に参加して、ウルグアイにおいては教授選考が非常に客観的かつ民主的に選ばれているという印象を受けた。しかし、ウルグアイ人の学部関係者の話では、民主的“過ぎて”良い面ばかりではないらしい。前述した学部協議会は、学部長、教員代表、卒業生代表、そして学生代表がそれぞれの立場で利害を主張し合い、しかも学部長には大きな権限が与えられていないため、学部内の様々な懸案事項の多くが解決に至るまでに相当の時間を要し、何事も意志決定が容易ではないらしい。日本の多くの大学の学部教授会においても似通ったところはあるものの、ウルグアイの学部協議会は、より社会に開かれているということが言えるのではないかと思う。また、教授選考をすべて外国人に委ねていることは筆者には大きな驚きであったとともに新鮮でもあった。この方法を直ちに日本においても応用できるとは考えないが、日本の大学教員人事も更なる流動化が必要とされている今日、教員選考方法について参考になる部分もあるかと考え、ウルグアイの事例を紹介した。
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