「温故而知新可以為師矣」その7

古い事柄も新しい物事もよく知っていて初めて人の師となるにふさわしいの意(広辞苑)

【JRD2003年6月号(Vol. 49, No. 3)掲載】



本学会は昭和23年(1948)に創立された家畜繁殖研究会が基礎となっている。その成立の経緯や活動内容は、家畜繁殖誌22巻4号(1977年2月)に特集記事−家畜繁殖研究会の歩み−設立30周年を迎えて−として、高村 禮先生によって詳しく紹介されている。その中で、家畜繁殖研究会表彰規程の制定について触れられている。

 そこで、今回は名誉ある第1回(昭和35年)の島村賞と佐藤賞の受賞講演要旨の一部を再録して、本間運隆先生(島村賞)と斎藤千寿男先生(佐藤賞)の名誉を称えるとともに、賞の由来をひもときながら、会員諸氏のますますの研究の発展を祈念して企画した。

Vol. 22, No. 4(1977年2月)p. 165 より抜粋

6.表彰事業

 昭和34年度総会において,「家畜繁殖の研究および技術の進歩に功績を挙げた者を,毎年2名ずつ表彰することにしたい。この表彰は,基礎的なものと応用面のものとに二大別し,それぞれに島村賞,佐藤賞と名付けたい」という主旨の議案が上程可決された。この決議に基づいて「家畜繁殖研究会表彰規程」が制定され,同年中に選考委員を編成し翌年度総会から授賞を行うこととした12)。当時,初代会長島村虎猪は名誉会員,第二代会長佐藤繁雄も同年に会長を辞任し名誉会員となっていた。
 この両賞は,それ以来現在まで毎年授賞を続け,その受賞講演を毎総会時に授賞と併せて行い,内容は会誌に掲載されている。
 この表彰事業は,昭和42年に至りさらに研究成果や技術の応用普及に顕著な功績のあった者に対しても行うことになり,昭和43年度から実施されるようになった12)。この新設の賞は,初代理事長であり第三代会長であった故斎藤弘義の名を冠して斎藤賞と称せられている。この賞の受賞者は,その内容からして実践家であるので授賞に際して特に講演を行うことなく,本会から業績紹介を行ってその業績を讃えることとしている。
 なお,本会の事業遂行には常に会員の協力ないし奉仕に頼っており,なかんずく会の庶務会計,会誌編集については担当者の労によることが多大である。よって,これに報いるため3次に亘り16名の会員に対し表彰を行い,最近にはこれに併せて創立以来の協力者2名に対しても感謝状の贈呈を行った(表4)。


1960.11月 家畜繁殖誌 6巻2号

昭和35年度島村賞受賞講演要旨
産卵鶏に特異的な血液成分に関する研究

本間運隆 (名古屋大学農学部)

 鶏血清中には産卵に伴って特異な成分が現われる。それ等は大別すると密度の大きい燐蛋白(PP)と多量の脂質を含んだ密度の小さいリポ蛋白(LDL)とであって,血清又は血漿を適当な稀釈液で稀釈するとPP-LDLcomplexとして分離することが出来る。又LDLは水溶性であるがdextran硫酸やheparinのようなpolyanionが存在すると不溶となって遠心分離される。
 これ等の性質を利用すれば0.05〜0.1 mlの血漿を100倍以上に稀釈し,生ずる白濁を比濁計で測定することによってPP-LDL,又は遊離のLDLの量を迅速に定量することが可能であり,稀釈液としては食塩を加えたpH 5.4の酢酸緩衝液が使用に便利である。
 孵化後産卵を開始する迄,又産卵から休産にいたる期間にわたって隔日に比濁法によるPP-LDL,LDLの測定及び蛋白計やビューレット反応による血漿蛋白量の測定を実施し,PP及びLDLが血漿に出現するのは初産卵日の約2週間前であり,産卵期間中はかなりの変動はあるが必ず高いレベルを維持し,休産期には消失することを観察した。性成熟後は血漿総蛋白量の変動は主としてLDLの変動に由来するが,休産期は例外であってLDLがない場合にも水分量の減少による蛋白量の増加が認められることがある。
 休産鶏においては稀にLDLのみの著しい増加を示す例があるが正常の産卵鶏ではそのような例はない。
 Estrogen投与を行った場合には雌雄ともLDLの増加が著しく,PPはLDL程増加しない。肝臓に病変のある為に休産している鶏はestrogenに反応せず,多量のestrogenの投与を行っても血漿中にPPは認められない。白痢鶏はかなりよくestrogenに反応する。数日の飢餓ではestrogenに対する反応には変化がないが10数日の飢餓の際には反応は消失する。
 濾紙電気泳動法によって血漿LDL及びPPとこれに類似したリポ蛋白である卵黄lipovitelleninとlipovitellinとの比較を行うと,移動度及び化学的組成においても,又Plyanionと反応する性質においてもLDLとlipovitelleninはほぼ同じ物質を指すものと思われるが,PPとlipovitellinとは多くの差異があり,この変化は血漿中のPPが卵黄に移行する際におこるものと思われる。
 本研究は既に本誌に十数報に亘って大半が発表されているから詳細は各々を御参照ありたい。(係)

本誌掲載の本研究に関する報告:
1)鶏血漿の溷濁度試験,I血清Vitellin反応並びに血漿Calciumとの関係.3, 71〜72 (1957).2)同,II pHの影響について.3, 73〜74 (1957).3)同,III 稀釈によって溷濁を生ずる成分に関する実験.3, 95〜96 (1958).4)同,IV 塩類の影響.3, 133〜134 (1958).5)同,V Estrogenによる変化.3, 143〜144 (1958).6)産卵鶏に於ける血液成分の特異性.4, 65〜66 (1958).7)NaCl-Acetic acid溷濁度試験,I 飼料中のレシチン及び卵黄注射の影響.4, 125〜126 (1958).8)同,II 飢餓による肝グリコーゲンの変化とNaCl-Ac.溷濁度の関係.5, 17〜18 (1959).9)同,III.ヘパリンによる溷濁度の増加と血清リポ蛋白との関係.5, 29〜31 (1959).10)産卵鶏における血液成分の特異性,II Estrogen処置鶏血清の総蛋白の測定法による差異に対する解釈について.4, 164〜165 (1959).11)同,III リポ蛋白の血清電解質に及ぼす影響について.5, 49〜50 (1959).12)NaCl-Acetic acid溷濁度試験IV.鶏血清中のLow Density Lipoproteinとの関係.5, 73〜76 (1959).


1960.11月 家畜繁殖誌 6巻2号

昭和35年度佐藤賞受賞講演要旨
胎膜を目標とする牛の早期妊娠鑑定に関する研究

斎藤千寿男 (明治乳業株式会社酪農部)

I. 緒論

 家畜の受胎率を向上し,その繁殖増進を図ることは家畜の増殖上又畜産経営経済上極めて緊要なることで特に乳牛飼養,所謂酪農経営の基本である。
 之がためには種付せる雌動物の妊否をなるべく早期に診断しその結果受胎せるものについては流産せざる様飼養管理等に注意して健康な家畜の生産を図り,一方不受胎のものについてはその不妊の原因が何れに存するかを明らかにして,種付技術の失宣によるものなるか又は生殖器官の異常疾患によるかによって種付方法を適正にし異常疾患あるものについては適当なる治療をなして治癒後に種付すべきである。
 家畜の妊娠診断は以上の外家畜の売買,家畜共済保険の対象として家畜飼養者の実際問題にして切実に要求せられるところである。
 従来この要求に答えるため,又妊娠生産の問題として実際的に或は学術的に多数の研究者によって研究されたのであるが畜牛の妊娠診断については今日なお実用的価値あるものがない。即ち種々なる診断法を称えるものあるもその診断の基礎となるべき妊娠によって起るところの徴候,診断法の本態とて充分明らかでない。
 動物が妊娠によって又胎児の存在することによって母体に変化が現われるのであるが,これ等の変化即ち妊娠徴候は胎児の存在することによって直接出現するものと妊娠によって二次的に母体に現われるものとがある。この変化を妊娠診断法として応用することがその条件である。
 直腸検査によるときは胎児の存在によって起る子宮の変化並に胎児及びその附属物を直接触知するので極めて確実であって優れた方法である。而して本診断法によっても妊期の進んだものは極めて容易であるが早期に於て確実に行うことは容易でない。
 現在一般に実施されている直腸検査は在胎二カ月以内に確実に診断することは困難とされている。その理由は種々あるが直腸検査に於ける妊娠確認の主目標である胎児,胎盤の発育状態の実際が究明されていないためと子宮変化による方法即ち子宮の大きさ,触り,位置収縮力等の目標は妊娠による必然的な変化でないため子宮内膜炎その他の原因によつて類似反応を現出するため誤診を招くこと多く殊に早期に於ては然りである。
 余は斯様な見地から妊娠母体に現われる受胎現象の必然的変化である胎児,胎膜の発育並に胎盤発育状態の基礎研究によって胎児の発育状態,胎児附属物(胎膜,胎児,胎盤)の状態及び子宮発育の状況並に卵巣の状態を妊娠の各期に於て屠殺解剖して之が解剖学的検査測定を行って雑漠ながら明らかにし,更に之れ等の点を基礎として比較研究し早期妊娠鑑定の価値を検討した結果胎膜を目標とする妊娠鑑定は最も早期に且つ確実であることを確認した。

II. 妊娠に伴う卵巣子宮胎児及び附属器官の発達


III. 直腸検査による妊娠診断目標となる解剖所見


IV. 胎膜触診法と其の早期妊娠鑑定応用の成績

V. 総括
 実験成績の結果を要約すれば次の通りである。

1.卵巣について
(1) 左右卵巣の排卵比は左卵巣29右卵巣34で,46:54である。
(2) 卵巣の大きさは1.5〜4.0 cmで126ケの中84例は2.0〜3.0 cmの大さである。
(3) 卵巣の形状は山形及び卵形が大部分で126例中86例である。黄体の存するものは山形,卵円形のものに多く,中には球形のものもある。棒状及扁平のものは一般に小にして黄体を有しない。
(4) 妊娠黄体の他に小黄体の存するものは2例であって45日と78日のものである。
(5) 妊娠卵巣中にグラーフ氏胞を有するものもあるが,254号(在胎49日),98号(59日)268号(66日)の3頭で他は何れも1.0 cm以下の未完成のものであるが,大多数のものに存在する。

2.子宮について
(1) 妊娠30〜60日までの左右子宮の大さは第7表の通りである。

3.胎児について
(1) 胎児の大さ
 3カ月迄は在胎日数に極めて一致して発育するが,3カ月以降に至れば多少の大小はある。

30日 0.7 cm
40日 2.3 cm
50日 4.3 cm
60日 7.0 cm

以降逐次増大する。

4.胎膜の発育
 胎膜は胎児着床部位を基点として発育する。
 30日にして妊子宮角全面に発育する。
 38〜40日にして不妊角に於いても全面に発育する。
 50日前後に於いて先端はネグローゼとなり卵管に進入する。

5.羊膜嚢の発育
 40日前後までは円形であるが45日を経過すれば楕円形となる。

30日 1.0 cm
35日 1.7 cm
40日 2.3 cm
45日 3.5×3.3 cm
50日 4.3×4.0 cm
55日 5.0×4.0 cm
60日 8.5×5.5 cm

6.胎盤の発育
 胎盤の発育は胎児着床部位を基点として発生し漸次周囲に及ぶ。
 30日にては妊角,不妊角共に明かでない。32〜35日に至れば胎児着床部位附近に少数認める。36〜40日に至れば灰白色の斑点として現われる。

 45日に於ては妊角の全面に認めるが先端と体部附近は不明瞭で又不妊角にも認められない。57日に至れば全面的に現われ妊角に於ては一部のものは隆起し面は絨毛密生して暗赤色となる。60日まではその形,球状であるがそれ以降に至れば多くのものは楕円形となる。

7.妊娠診断の目標
 以上述べたる如く妊娠の現象として子宮の変化並びに胎児,羊膜嚢,胎膜,胎盤,宮阜の発生と其の発育の状態は在胎日数の進展につれ顕著なる変化を示すものである。亦卵巣に於いても必ず妊娠黄体を保持するものである。既に述べたる如く妊娠鑑定の有効なる目標は妊娠時の必然的変化を対象とすることは論を俟たざる処であって子宮の大さ或は妊娠黄体を目標にする如きは価値が低い。子宮は妊娠時のみならず子宮炎,蓄膿症に於ても其の大さを増し又子宮炎,蓄膿症に罹患の場合は多くは黄体を保有するものであって,発情黄体,永久黄体,妊娠黄体は触診上鑑別不可能であるからである。即ち妊娠時の必然的変化とは胎児,胎盤,胎膜等の発生とこれらの物体は時日を経過すると共に在胎日数に相応して発育するため,これらの変化の何れかを触知する場合は妊娠の確徴である。
 然るに胎児,胎盤は何れも発育進度は緩慢であることは前述の通りであって早期妊娠鑑定の触知目標としては不適当である。これに反して胎膜は発育速かにして35日前後に於いて妊角不妊角に全面的に発育し,のみならず子宮の内面積より胎膜は大なるため子宮膜よりの触知容易であって,早期に且つ確実に鑑定を行うことが出来る最も有利なる方法である。
 適中率は前項に述べたる如く操作の熟練せるせざるとによって異なるが妊娠35日以上に於いては触知容易であって95%以上の成績を得ることは左程困難でない。

<第7表>
在胎日数
子宮の長さ
妊角
不妊角
30
32 cm
31 cm
40
38 cm
35 cm
50
46.5 cm
38 cm
60
53 cm
36.5 cm

家畜繁殖研究会表彰規程

第1条
本会々員で家畜繁殖に関する研究又は技術の向上に顕著な功績のあつたものに対して,この規程の定めるところにより表彰する。
第2条
表彰は,会長が行う。
第3条
表彰は,毎年1回総会で行う。
第4条
表彰は,表彰状を授与して行う。
2 表彰には,副賞を添えることがある。
3 表彰状及び副賞には,総会の決議を経て名称を冠することができる。
第5条
表彰は,原則として本会々誌に発表されたもので,会員の推せんしたもののうちから行う。
第6条
被表彰者を推せんする者は,被推せん者の氏名,所属,略歴及び2,000字以内の推せん理由に推せん者の氏名を付して,毎年10月30日までに会長に提出するものとする。
第7条
本会内に,表彰選考委員会を置く。
2 表彰選考委員は,毎年理事会で決定し,会長が委嘱する。
3 表彰選考委員会は,その審査結果を理事会に報告する。
4 被表彰者の決定は理事会で行う。
第8条
表彰は,家畜繁殖に関する研究又は技術の向上に関して,学会等から表彰された者はなるべく除外する。
 附 則
1 この規程は,昭和34年4月から実施する。
2 第4条第3項の表彰状及び副賞の名称には,家畜繁殖の基礎部門に島村賞,応用部門に佐藤賞の名称を冠する。



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