施設紹介
独立行政法人 農業生物資源研究所 粕谷悦子 |
【JRD2003年4月号(Vol. 49, No. 2)掲載】
■歴史
当研究チームはその昔、農林水産省畜産試験場飼養技術部養豚研究室という名前でした。その後同部生体情報利用研究室と名前を変え、その後平成8年の改組により同試験場生理部神経生理研究室になりました。平成13年に畜産試験場は独立行政法人畜産草地研究所(畜草研)へ移行しましたが、私たちはそのときに独立行政法人農業生物資源研究所の1研究チームとなり、現在に至ります。この変遷からもおわかりいただけるかと思いますが、元々は家畜の管理技術を研究する研究室でしたが、家畜生体の発する様々な「信号」を解析し管理に生かすという研究を経て、現在はそれらの「信号」を発するための「脳神経」の調節機構を明らかにするという方向に進んできた研究室です。組織として「畜産」を名乗らなくなったとはいえ、常に私たちは、「家畜」の生体メカニズムを研究することにより、生物学的に新しい知見を得るだけでなく、「畜産の現場」に役立つ技術・情報を将来的に提供することを目指しています。
■研究内容
現在はスタッフ研究員3人と研究補助のパートさん1人という構成で研究を行っておりますが、随時講習生の学生さんたちを受け入れて共同実験を行っています。まず、牛乳・牛肉の生産だけなく繁殖機能を調節するのに重要な役割を演じている成長ホルモン(GH)の分泌調節機構解明というテーマで、ウシ視床下部におけるGH分泌調節因子の生理的な分泌動態を、後述する手法を用いて解析しています。ウシは、高品質の食料を生産するために育種されてきた特殊な動物であること、元々GH分泌様式には種差があることから、モデル動物ではなく実際にウシで実験をすること(それも今まで行われてきたように末梢での現象として間接的にではなく直接的に)に、一つの大きな意義を見いだしています。
また、ブタを用いた研究も行っています。ブタは集約的に飼育されることが多いのですが、環境の一つの要因として、「におい」により動物自体がストレスを受けたり、その結果生産性に影響が出たりする可能性があります。しかしブタにおけるにおいに対する脳の反応についてはわかっていないことが多いため、脳波記録、海馬の電気活動や自律神経活動変化の解析といった手法を用いて、においに対するブタのにおい嗜好性や特定のにおいと関連づけた学習・記憶のメカニズムを明らかにする実験を行っています。
■牛用脳定位固定装置
私たちはウシ・ブタの脳からの生理的な情報を得るために、動物に苦痛のない状態で脳内へアプローチするという手技を使って実験をしています。ラット・マウスではおなじみの方法ですが、大きい動物となるとなかなか難しいことでもあります。そこで、私たちが開発し実際に用いている自慢の「装置」を紹介します。世界でも例をみない「ウシ用脳定位固定装置&保定枠(写真)」です。この装置は、当研究所神経内分泌研究チーム長岡村裕昭さんが本誌(2000,
Vol.46, No.6)で紹介した「脳神経機能解析棟」の大動物手術室内に据え付けられ、日々の実験に使われています。この装置を用いることにより、脳内の特定部位を3次元座標で表現し、局所的に電極・カニューレ等をインプラントすることができます。また、「強力X線」を照射して骨の分厚いウシ頭部を側面から撮影し、カニューレ等の挿入位置を確認できるようになっています。現在は、脳室造影を行い、第III脳室像を指標として視床下部正中隆起にカニューレをインプラントする手術を行っています。この方法は、家畜ではシバヤギを用いたものが有名ですが、ウシでできるのは世界でも当所だけと自負しています。このように埋め込まれたカニューレを介して、視床下部組織を直接灌流し、種々のGH分泌調節因子の動態を調べているわけです。
また、ブタにおいても、その頭蓋骨の形状が特殊なことから専用の脳定位固定装置を製作し、海馬への電極挿入手術に用いています。
■終わりに
このように、日々ウシやブタと格闘しながら研究を進めている私たちですが、神経内分泌研を始めとする研究所内の方々、また組織は異なってしまいましたが現場(畜草研、業務1、2科)の方々のご協力があって初めて実験が成り立っています。一人でできることには限りがあること、チームワークの大切さを痛感します。大中家畜を用いた脳研究はまだ始まったばかりで研究者の数も少ないのですが、ますます面白くなっていく分野であり、これからさらに研究の輪を広げていきたいと考えています。今回ご紹介した施設や装置を、私たちだけでなくより多くの研究者の皆さん、また学生の皆さんにも知っていただき、利用していただけることも私たちの願いの一つです。
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