2002年度日本繁殖生物学会賞 講演要旨

【JRD2003年2月号(Vol. 49, No.1)掲載】


学術賞
  ラットにおける下垂体後葉ホルモンの分泌調節機構に関する研究
本田和正(福井医大・生理)
   <目的>下垂体後葉ホルモンは生殖機能だけではなく、体液バランス調節にも関与しており、生殖ステージによる体液バランスの変動が生殖ホルモンとしての下垂体後葉ホルモンの役割にも大きな影響を及ぼすことが窺える。本研究は視床下部ニューロンの電気活動を指標として、下垂体後葉ホルモンの浸透圧性分泌調節機序を明らかにすることを目的とした。<方法>ウレタンあるいはネンブタール麻酔下のウィスターラットに各種の浸透圧刺激を与え、この時の下垂体後葉ホルモン産生細胞(MCNs)および関連する視床下部ニューロンの単一ニューロン活動あるいは遠心性腎交感神経活動の変化を解析した。<結果>従来、血漿浸透圧の変化は血液-脳関門の欠落している終板脈管器官(OVLT)で感知され、単シナプス性投射によってその情報がMCNsに送られると考えられてきが、本研究では、以下の事項が明らかとなった。1)OVLT の周辺に局所的浸透圧刺激を加えるとMCNsの発火頻度が亢進する。2) MCNsへ単シナプス性に投射するOVLTニューロンには浸透圧感受性は無い。3)OVLTからMCNsへの浸透圧感受性入力はOVLTの背側に存在する正中視索前核(MnPO)で中継される。4)OVLTからMnPOへ、MnPOからMCNsへ、MCNsから再びOVLTへの興奮性投射による神経回路が存在する。5)この神経回路を形成するニューロンには浸透圧感受性がある。6)MCNsの浸透圧受容は上記の浸透圧受容性神経回路によって達成される。7)浸透圧受容性神経回路を構成するMnPOが孤束核からの入力によって、血圧や血液量の変化にも応答する。8)MnPOの活動亢進によって遠心性腎交感神経活動が亢進する。<結論>MCNsの鋭敏な浸透圧受容は浸透圧受容性神経回路の作働によって達成され、更に、この回路は血漿浸透圧調節系と血液循環調節系の連動に貢献している。
 
学術賞
  繁殖生理学におけるリラキシンの意義とその応用に関する研究
高坂哲也
(静岡大・農学部)
   リラキシンは、最初に骨盤靭帯を弛緩させるホルモンとして存在が認められ、これまで分娩時での役割を中心に研究が行われてきた。本研究は、雌性および雄性動物の両側から生殖生理学的に解析を行い、リラキシンの意義とその応用について以下の知見を明らかにした。
 雌性動物において、超微形態を良好に保ちながら抗原の局在を可視できる免疫電顕法を確立し、ラット、ブタおよびウシの産生細胞の形態学的特徴を明らかにし細胞内輸送経路を証明した。次に、ブタリラキシンの単離・精製を行いリラキシンの生化学的特徴を究明し、複数の分子種が存在すること、これらはB鎖C末のプロセシング過程で生じることおよび主要分子種の構造を明らかにした。同時に、このリラキシンの受容体が生殖器官、乳腺、乳頭、胎盤などの上皮、結合組織、血管、平滑筋細胞など多岐にわたって発現しており、多彩な繁殖生理機能にコミットしていることを示した。さらに、高感度で迅速な時間分解免疫測定法を開発し、内分泌学的知見を集積することにより着床および分娩診断への臨床応用の可能性を追求した。
 雄性動物では、リラキシンがブタ、ウシ、ヤギおよびヒツジの精液中に存在することを明らかにし、その分泌源が精のう腺上皮細胞であることを突き止めた。次に、ブタ精子でリラキシンの特異的な受容体の存在を見出し、リラキシンが受容体を介してcAMP濃度を上昇させ精子の運動能を刺激することを示唆した。さらに、ブタおよびウシ精漿中のリラキシン濃度が精子の運動能や受精能を示すパラメーターと高い正の相関があることを見い出し、精漿リラキシンは精子の受胎能を診断する有効な指標となり、低受胎精液の早期診断への応用を可能とした。
 以上、本研究はリラキシンの古典的な役割・意義に加え、雌雄動物の繁殖生理学においてリラキシンが幅広い作用を持っている知見を示し、この研究領域における新展開に大きく貢献するものと考える。
 
学術賞
  ウシならびにウマにおける卵子・胚の凍結保存に関する研究
保地眞一
(信州大・繊維)
   受賞対象になった研究は、ウマとウシについて着床前胚ならびに未受精卵の耐凍性に影響する要因を調べたものである。ウマ胚盤胞の二段階凍結による耐凍性は外径増加につれて起こるカプセル成長に合わせて低下したが、保護物質にエチレングリコール(EG)とショ糖を用いることにより直接、受胚馬子宮へ胚移植できるようになった。また、保存液に段階的に胚を移すことによって世界で初めてガラス化胚の移植に由来する妊娠・分娩例を得ることに成功し、この方法の適用により拡張期の胚盤胞でも加温後に蘇生させることが可能になった。未成熟ウマ卵母細胞の二段階凍結ではEGを保護物質にしたときに体外成熟例、精子侵入例、前核形成例が得られた。ガラス化した卵子の傷害部位を透過型電子顕微鏡像によって評価したところ卵丘細胞-卵細胞質間のギャップ結合のすぐ近隣に脱水に起因すると思われる激しい損傷が観察され、透明帯の内外に機械的連結が残っている未成熟卵子には十分な細胞脱水が蘇生の条件である凍結保存技術の適用は困難であると示唆された。一方ウシでは体外受精由来胚の耐凍性が低いことが知られている。体外作出胚の細胞膜透過性は体内受精胚のそれと差があり、胚盤胞期胚を二段階凍結するときに0.3℃/分というかなり遅い冷却速度が必要だった。凍結感受性のより高い桑実期の胚についてはリノール酸アルブミン(LAA)を発生培養液中に添加しておくことで体内受精胚に近い耐凍性を備えるようになった。前核期卵には体外成熟培地と体外受精培地の両方にLAAを添加したときにその耐凍性増強効果を引き出すことができた。ウシ卵母細胞については核相と耐凍性の関係を調べ、二段階凍結法のときは卵核胞崩壊を起こしたばかりの卵母細胞、ガラス化保存法のときは第一減数分裂中期に入っている卵母細胞で高い正常受精率を示した。また成熟後の卵母細胞のガラス化保存では、ガラスキャピラリーを用いて3,000〜5,000℃/分の冷却速度(従来のストロー法では2,000℃/分)を演出すれば冷却・加温行程の影響をまったく受けないことがわかった。さらにクローン胚作製用の未受精卵については除核操作も活性化誘起も終わった時期で凍結保存するのがよく、この除核未受精卵の耐凍性を向上させるのにもLAA処理が有効だった。
 
技術賞
  栃木県における黒毛和腫凍結胚移植技術の開発と普及
西貝正彦
(那須ET研究所)

 凍結胚移植の受胎率向上を目的とし、発情後7日(発情発現日を0日)にステップワイズ法により胚移植を行って移植条件を検討し、次の成績を得た。1) 移植する際の細菌感染を防ぐため、腟鏡を使用することにより、鞘カバーを装着して移植した場合と同等の受胎成績が得られることが明らかになった。2) 胚移植時に受胚牛の動揺を防ぐため、鎮静剤キシラジンを投与することにより受胎成績が向上することが明らかになった。3) 凍結胚の融解から移植までの経過時間および受胚牛のトラック輸送が受胎成績に及ぼす影響について検討し、融解胚をストローに吸引した後60分以内の移植および受胚牛の移植前後における片道1.5時間前後のトラック輸送は受胎率に影響を及ぼさないことが明らかになった。4) 凍結融解後の胚の発育ステージが後期桑実胚、初期胚盤胞、胚盤胞と進むにつれて受胎率が高くなり、胚盤胞の受胎率は後期桑実胚に比べて有意(P<0.05)に高くなることが明らかになった。5) 受胚牛の黄体機能と受胎成績の関連について検討し、移植前日〜当日において受胚牛の血中プロジェステロン(P)濃度が高くなるに従って受胎率も高くなる傾向がみられ、胚移植前日の血中P濃度が≧2.5 ng/mlの受胚牛は<2.5 ng/mlの牛に比べて受胎率が有意(P<0.05)に高いことが明らかになった。また、移植当日において、血中エストラジオール17β (E2) 濃度が低くなるに従って受胎率は高くなる傾向がみられた。6) 受胚牛におけるhCG投与による黄体機能の増強について検討したところ、排卵後5日にhCG1、500IUを注射することにより、誘起黄体が形成され、血中P濃度が対照群に比べて有意(P<0.05)に高い値を示し、血中E2濃度は急激に低下して低い値で推移することが明らかになり、hCG投与による受胎率向上の可能性が示唆された。7) 和牛繁殖農家で飼養されている黒毛和種経産の受胚牛にhCG1,500IUを筋肉内注射し、受胎成績を比較検討したところ、発情後6日にhCGを投与した牛の受胎率は67.5%であり、発情後6日に生理食塩液を投与した対照および発情後1日にhCGを投与した牛の受胎率(45.0%および42.5%)に比べ有意 (P<0.05) に高く、hCG投与による受胎率向上効果が明らかになった。以上の成績から、凍結融解した胚盤胞を黄体機能の良好な受胚牛および胚移植前日にhCGを投与して黄体機能を増強した受胚牛に、移植前にキシラジンを投与し、腟鏡を使用して、凍結胚をストローに吸引後60分以内に移植することにより、受胎率の向上が図れることが示された。

 


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