施設紹介
株式会社 日本動物工学研究所

重久 保

JRD2002年10月号(Vol. 48, No. 5)掲載




■(株)日本動物工学研究所の目的

 日本動物工学研究所は、免疫形質を改変した実験用豚(異種移植研究用モデル豚)の開発を目指して、生物系特定産業技術研究推進機構(以下、生研機構と略する)の新技術開発促進事業のうちの出資事業として、生研機構、二プロ株式会社と日本ハム株式会社の出資を得て平成13年2月に設立されました。

 ヒトからヒトへの臓器移植は、世界ではこれまでに60万例以上実施されており医療として定着しているが、移植待機患者の数に比べて臓器提供者の数は極めて少ないのが現状です。このような臓器提供者数の不足を補う方法の一つとして、近年、豚の臓器の利用が検討されており、海外や大学の研究機関等において異種移植に関する研究が活発に行われています。豚の臓器の形状や生理学的な機能はヒトの臓器のそれらと類似しており、豚は家畜として利用されてきた歴史が長く、素性が明らかであり、SPF化技術を含む量産化技術が確立しているなどの利点からも、豚の臓器が着目されている訳です。

 一方、豚の臓器をヒトの移植医療分野で利用するためには、免疫の壁の克服をはじめ、多くの課題を解決しなければなりません。将来的な利用に向けては、有用性の検証や問題点の整理、対策の立案なども必要であり、そのためにも、今後、一層の研究の積み重ねが必要です。このようなことから、日本動物工学研究所は、遺伝子の導入・除去などの遺伝子工学や発生工学の手法を用いて異種移植研究用モデル豚の作成を目指すと共に、移植医療研究の推進に資したいと願っています。

表1 hDAFトランスジェニック豚のhDAF発現プロフィール

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供試臓器
供試組織
hDAFの
発現強度
心臓 心内膜心筋 ++
心房心筋 ++
心室心筋
腎臓 糸球体 +++
近位細管 ++
遠位細管 +/−
肝臓 肝細胞
洞様毛細血管 ++
小葉間動脈 +++
小葉間静脈 +++
胆管 +/−
膵臓 外分泌腺細胞 +/−
ランゲルハンス島
肺胞上皮 ++
気管上皮 ++
大脳 大脳皮質 ++
大脳髄質 ++
皮膚 上皮 ++
真皮
髄質 ++
小柱
大動脈 血管内皮細胞 +++
平滑筋 ++
全臓器 毛細血管内皮細胞 ++
小動脈壁 +++
小静脈壁 +++
神経繊維 +++

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注1)文献1から引用。
注2)+/−〜+++:免疫染色強度の程度を示す。


■日本動物工学研究所の異種移植研究用モデル豚

 豚の臓器を霊長類に移植すると術後の時間経過に伴って、超急性拒絶(HAR)、急性血管型拒絶(AVR、DXR等と称する)、急性拒絶や慢性拒絶が起こるとされています。HARは、豚(ドナー)の臓器に存在する異種抗原(αガラクトシル抗原)と霊長類(レシピエント)の保有する自然抗体(抗αガラクトシル抗原抗体)との抗原抗体反応が契機となって起こるので、これを阻止するためにレシピエントに対する処置やドナーに対する処置が試みられています。前者の例としては、自然抗体を減少させることを目的とする血漿交換、体外灌流やαガラクシル抗原アナログ薬剤の投与などがあり、後者の例としては、ヒトの補体制御因子(DAF、CD59、MCP)を発現するトランスジェニック(以下、Tg)豚、αガラクトシル抗原の発現がリモデリングされたTg豚、αガラクトシル転移酵素(αGT)の遺伝子がノックアウト(KO)された豚などが開発されています。

 さて、日本動物工学研究所は、平成8年度にスタートした生研機構の新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業「臓器移植に応用するための豚の品種改良・増産に関する基礎的研究」(研究体制:大阪大学;白倉、谷口、木下、岡部、宮川、明治大学;長嶋、大阪府立成人病センター;瀬谷、日本ハム;重久、村上)の研究成果と開発された2種類のTg豚を継承、発展させています。

 Tg豚の1つは、ヒト補体制御因子を発現しているTg豚であり、豚補体制御因子pMCPのプロモーターの下流にヒトDAF遺伝子を連結した構築により作製されているので、各種臓器(心臓、腎臓、肝臓、肺、皮膚、血管など)の内皮細胞にヒトDAFを高発現しています(表1)1)。なお、補体制御因子の機能は種特異的であることを見出すと共に、ドナー種にレシピエント種の補体制御因子を付与すれば、ディスコーダント異種移植におけるHARを回避し得るとの可能性をいち早く提唱したのは、前掲の宮川らでありました2)

 日本動物工学研究所が保有している他1つのTg豚は、αガラクトシル抗原の発現を減少したTg豚です。αガラクトシル抗原の発現を減少させる方法としては、α1,2フコシル転移酵素(FT)などを過剰発現させて、αGTと競合させる方法も報告されていますが、日本動物工学研究所のTg豚は、FTなどとは作用機構の異なるヒトN-ガラクトサミニル転移酵素III(GnT III)の遺伝子を用いて作製されています。

 αガラクトシル抗原を枝先端の葉っぱに見立て、糖鎖抗原全体を植木に見立てて、これらを剪定する場面に例えると、(1)枝先端の葉っぱを切り落とす方法と、(2)枝の付け根から枝ごと大胆に切り落とす方法があります。FTの作用は前者の(1)に、GnT IIIの作用は後者の(2)に例えることができます。従って、GnT IIIを発現するTg豚はαガラクトシル抗原を減少すると共に、拒絶反応の惹起にも関わっていると考えられているHD抗原の発現も減少しています。また、当該Tg豚の心臓をカニクイザルの腹部に移植した試験結果から、HARが回避されると共に、補体成分(C3とC5b-9)の沈着が抑制されることが観察されました(図1)3)

 また、日本動物工学研究所はDAFおよびGnT IIIの両方を発現しているTg豚も保有しています4)


■異種移植研究用豚の今後の展望

 補体制御因子を発現するTg豚が開発された1980年代末以降、Tg豚の各種臓器を霊長類に移植する研究が多く為されています。そして、それらの研究から、補体制御因子の発現によってHARは克服し得るが、新たな問題点としてAVRが浮き彫りになると共に、AVRを克服するためにもαガラクトシル抗原の発現を完全に抑制する必要があるとの認識が高まってきています。また、現時点では、体細胞核移植によるクローン豚の作製が10超の研究機関で為されるようになってきています。このようなことを背景として、本年1月にはαGT遺伝子のシングルKO豚、さらに本年8月にはαGT遺伝子のダブルKO豚の誕生した旨が報道され、異種移植の実用化がますます期待されようになってきています。

 さらに、KO技術をFASやFASリガンドの除去に応用すれば、AVR以降に生じるとされている拒絶反応の克服も可能であろうと思料されるし、豚内在性レトロウイルスの遺伝子の除去に応用すれば、人獣共通感染症の克服にも道が開かれるものと思料されます。

 経済的視点から見れば、クローン豚作製技術、KO技術やその周辺技術の完成には解決されなければならない課題が多々あると思われます。このような観点から、本学会所属の先生方のご研究のますますのご発展を祈念申し上げますと共に、日本動物工学研究所へのご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

 なお、日本動物工学研究所は、共同研究を希望される先生方に前掲のTg豚を提供させていただきたく存じていますので、ご連絡を賜りますれば幸甚です(E-mail: murakami@rdc.nipponham.co.jp)。


文献

1) Mol Repr Dev. 61: 302-311 (2002)
2) Transplant 46: 825-830 (1988)
3) J Bio Chem. 276: 39310-39319 (2001)
4) Xenotransplant. 8 Sppl1: 84 (2001)


図1 カニクイザルに移植された豚の心臓免疫組織染色像(文献3から引用)

  a、c;通常豚.b、d;GnT-IIIトランスジェニック豚.
  a、b;補体成分C3.b、d;補体成分C5b-9.


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