書評

哺乳類の生殖生化学
−マウスからヒトまで−

中野 實・荒木慶彦 編
アイピーシー
発行日:1999年12月10日
540ページ B5判
定価:本体22,000円+税

JRD2002年8月号(Vol. 48, No. 4)掲載



 編著者らによれば、「技術先行の感がある哺乳類生殖研究の現状を分子レベルの知見を中心に整理」することを本書は目的としている。なるほど、最近、生殖技術による成果が華々しく報道され、同時にその時点で次の成果が暗に予言され、実際にそれほどの時間をおかず達成されている。しかも、このようなことが以前では考えられないスピードで繰り返されているように思う。どのような分野においても、研究を支える技術の進歩に伴って研究が進むスピードは著しく高まっているに違いないが、分子レベルの知見が増すほど、決着されるべき新たな問題がそれぞれに生じるという皮肉な循環がある。生殖技術に関しては、種火の段階を過ぎ、既に炎が昇る状態に入った感がある。そのような時代に、生殖研究の情報を広く集めて整理する必要を感じとり、様々な点で意欲的なものとなっている本書を企画したのは、編著者らのまさしく慧眼であると思う。


 本書を開くと、基礎編と展開編に分かれていることがまず目に入る。前述のような意図で編まれたものであるから、その構成は当然であろう。内容は、


第I編 基礎編
   1.配偶子の形成
   2.精子と卵子の結合
   3.受精の成立
   4.生殖環境特異機構


第II編 展開編
   1.生殖補助技術
   2.避妊と不妊


という6章で構成されている。基礎編338頁、展開編が164頁であり、章立てと同じバランスとなっているが、「哺乳類生殖研究の現状を分子レベルの知見を中心に整理」するには、基礎編の占める割合は、大きいとも小さいとも感じられる。しかしその内容は、生殖細胞とその実際に活動する器官や環境に絞られており、そこに含まれる生殖過程の特性は、まさに副題どおり、マウスからヒトまで網羅されている。初学者をも対象にしているとのことだが、教科書として読むにはかなり歯ごたえがある。むしろある分野に興味を持ったうえで読み込み、引用文献をチェックするつもりであたれば、その分野に関しては背景から最近の研究成果まで知ることができるように書かれている。引用文献についていえば、表中に紹介されるものを含めると2355に上る。この数字は最初から最後の文献まで単に加えた数字なので、かなりの重複もあるが、それを考えても充実しているといえる。これでも多くを省略したという執筆者もいるかも知れない。本書を読んで詳しいところまで理解したうえで、さらに知識を深めるための「ハブ空港」として利用するためには、充実した文献は極めて便利である。引用文献を充実させるという点も編著者らの意図によるもので、その方針はきめ細い。基礎編の第1章では、減数分裂から精子、卵子の形成について詳しく説明がなされている。同じ配偶子であるにもかかわらず、精子の説明がまるで「物」の説明であるのに対し、卵子はあくまで個性的で巨大な細胞であることが興味深い。展開編での精子のフリーズドライ処理やクローン動物作出における卵子の特異な能力と、やはりどこかで結びついている。続く精子と卵子の結合に関する章を読めば、生化学的な研究が実に数多くなされていることに圧倒される。第3章の受精の成立では、精子と卵子の融合から着床までが扱われている。ダイナミックな過程であることも理由と思われるが、順を追って理解し易い。第4章では、生殖環境特異機構について、胎盤の構造と機能、核内レセプターの分子制御機構、哺乳類テロメアの構造と機能について、分子生物学的な知見に基づいて詳しい解説がなされている。展開編の生殖補助技術の章においては、まさに今をときめく技術のオンパレードだが、細胞周期をはじめとする様々な知識が技術の開発には不可欠であることが読み取れ、また、現在に至るまでに知識だけでなく多くの知恵の蓄積があったことがわかる。続く避妊と不妊の章では、文字通り、ヒトまでを書きつくして締めくくっている。特に最後に生殖生物学的に見た現状と問題点としてなされた指摘と問いかけは重いと感じた。


 はたして本書の基礎編と展開編とは有機的に結びついているだろうかと考えてみた。むしろ基礎編にリアリティーを感ずる研究者と展開編にリアリティーを感ずる研究者を結びつけるのが本書であろうと結論した。


(平尾雄二)




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