施設のTopic | イリノイ大学アーバナ−シャンペーン校の Center for Reproductive Biology 中井雅晶 |
【JRD2002年8月号(Vol. 48, No. 4)掲載】
アメリカ中西部にあるイリノイ大学は、Urbana-Champaign校(UIUC、写真1)のほかに州北部の大都市Chicagoと南西部の州都Springfieldにキャンパスをもつ州立総合大学です。Urbana市とChampaign市はChicagoの南約200キロにある2つ並んだ市で、UIUCのキャンパスは両市にまたがって広がっています。人口は両市併せて約10万人、そのうちイリノイ大学の学生が約38,000人(学部学生28,000人、大学院生10,000人)、教員が2,000人という典型的な大学の街です。日本人は学生、研究員などあわせて300人ほどです。一歩郊外に出ると見渡す限り畑がひろがっていて、地平線から昇る朝日と地平線に沈む夕日を見ることができます。日本から来た多くの方ははじめ唖然とするようです。本稿ではこのUIUCに設置されているCenter for Reproductive Biology(以下、CRB)について、先生方や大学院生に伺ったお話を交えてご紹介します。
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1. CRBの構成
CRBは学内の生殖生物学分野の教官によって構成されている学部の枠を越えた緩やかな教育組織で、NIHからのグラントをもとに運営されています。設置の目的は、大学院生および博士研究員に生殖生物学分野の最前線で研究させることとされており、この目的のために各種セミナー、講義、経済的支援などが行われています。CRBには現在Molecular & Integrative Physiology、Veterinary Biosciences、Animal Sciences(写真2)、Biochemistryの4つのDepartmentsから20名の教官が参加しています。院生や博士研究員は各自の指導教官の研究室に所属していますが、同時にCRBの活動に参加することによって、異なる分野の研究者と交流し、新しいトピックや動向に触れることができるわけです。なお、センターといっても日本の大学の遺伝子実験センターや機器分析センターなどとは異なり、専用の建物はなく、専任教官も置かれていません。
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CRBは昨年までReproductive Biology Training Programと呼ばれていました。これは1960年代半ば当時Department of Animal Sciencesの教授であったAndrew Nalbandov博士がNIHからのグラントを得てスタートしたプログラムで、以来今日まで生殖生物学分野に多くの優秀な人材を送り出してきています。さらに本年から、学生のトレーニングだけでなく、より広い分野の研究者が参加しやすいようにとの考えから、「Center for Reproductive Biology」という名称に変更されました。ちなみに、1967年にはSociety for the Study of Reproduction(SSR)もUIUCで設立されており、これもUIUCにおける生殖生物学の研究に大いに貢献しているようです。
2. CRBの活動
1)研究発表セミナー
研究発表セミナーReproductive Biology Seminarは、1960年代から続けられているCRBの中で最も重要な活動です。セミナーは秋学期と春学期の毎週水曜日の夕方開かれ、大学院生と博士研究員が自分の研究内容を発表するほか(各回2人、1人30分)、学外から講師を招いた講演も行われます。大まかな日程はCRBの教官が割り振りますが、セミナーの進行は院生が担当します。教官の研究分野はステロイドホルモン、発生、受精、泌乳、神経、生殖器疾患、内分泌攪乱物質など多岐にわたっており、これを反映して発表内容も変化に富んでいます。最近のセミナーからキーワードを拾ってみると、明暗周期とプロラクチン、エストロジェン受容体、ニワトリ伝染性気管支炎ウイルスと雄性不妊、植物エストロジェン、リラキシン、エンプリンと着床、レプチンなどです。発表後はまず学生から、ついで教官からの質問、コメントがあります。他分野からの思わぬ質問に発表者が立ち往生することもありますが、データの異なる解釈や実験方法のコツなど有益な情報を得ることも多いようです。SSRを設立されたPhilip Dziuk名誉教授も毎週のように出席され、孫に接するように学生にアドバイスされるなど、セミナーの雰囲気はとても良いです。しかし、発表の日が近づくと「難しい質問はしないでよ」と言うあたりは日本の学生と同じです。
今年の春学期の幹事を担当したWalter Hurley教授(Animal Sciences)にお話を伺ったところ、「学生はまず所属研究室でデータのまとめ方、発表の仕方、スライドの作り方を学ぶ。次にセミナーでいろいろな意見を聞き、質問に答えることにより、自分の研究方針、内容あるいは方法を客観的にみることができる。学生が自分の研究室だけに閉じこもるのはよくない。他分野の研究内容を知り、教官や学生と積極的に意見を交換することは、将来の学会活動にも就職活動(Job interviewで良いセミナーをするため)にも大変重要なことである。座長を経験することで、演者の紹介や質疑応答の進め方を学ぶこともできる。また、教官には進学や就職に際して推薦状を依頼することもできる。何年も同じ大学で生殖生物学を研究しているのに、お互い何をしているか知らないというのはよくないだろう?」ということでした(自分が学生だった頃を思い出すと、これがなかなか難しいのですが)。
2)講義
講義(Advanced Endocrinology)は研究発表セミナーと並んでCRBの重要な活動で、これも1960年代から続けられています。担当教官が学期中に得意分野について講義を行うほか、学外講師による講演も組み込まれています。
3)その他のセミナー
上記の他にCRBが行うセミナーとして、Bench to Bedside Seminars in Reproductive Medicine(地元の病院との共催で行われるセミナー。基礎研究者と臨床医の講演会)、A. V. Nalbandov Memorial Lectures(イリノイ大学で教育、研究およびCRBに貢献したAndrew Nalbandov教授の功績にちなんで行われるセミナー)、Biennial Allerton Conference(郊外にある大変美しい研修施設で、シカゴ校との共催で行われる生殖関連のセミナー)などがあります。
4)Reproductive biology training grant
CRBでは研究予算は組まれていませんが、博士研究員の給与、院生に対する奨学金、学会出席旅費補助などの経済的支援が行われています(アメリカ国民または永住権所有者に限る)。今年度は博士研究員3名が採用され、院生4名が奨学金を受けています。CRBの博士研究員は、教官の研究予算で採用される通常の博士研究員と同じ身分ですが、CRBの活動全般に携わるので、より多くの教官や学生と交流することができます。給与はNIHの基準にしたがっており初年度約$28,000ですが、これから税金や健康保険料を差し引かれますので決して多いとは言えず、特に家族のいる人は大変です。しかし、将来大学教官のポジション(Faculty position)に応募する人には、この間に研究はもちろん自らの研究グラントの申請や教育の経験を積むことが極めて重要なポイントになります。
3. おわりに
以上、CRBの主な活動をご紹介しました。多様な分野の研究に接する機会を与えることは、バランスのとれた柔軟な研究者を養成するために大変有意義です。一方で現在必要な経済的支援をすることも重要です。CRBはこれらの点をカバーした良いプログラムであると思います。ただし、自らの研究室運営に加えてCRBにも積極的に参加し、センターを維持し続けてこられた教官の努力も忘れてはなりません。興味をお持ちの方はCRBのWebsite(http://www.life.uiuc.edu/repro/)もあわせてご覧下さい。また、貴誌読者の中には、院生あるいは博士研究員として留学を希望されている若い研究者がおられると思います。希望留学先を良くご存知の方に紹介してもらうのが最も確実ですが、CRBにも様々な分野の教官が参加されていますので、問い合わせてみるのもよいかもしれません。
現在CRBには私のほか日本人は院生が1人だけです。冒頭に書きましたようにちょっと退屈な街ですが、アメリカで最も住みやすい地域の一つにランクされているのが地元の人の自慢です。また、中西部の気質でしょうか、まじめで親切な方が多い印象です。本稿が、読者の皆様にUIUCおよびCRBに興味を持っていただけるきっかけとなれば幸いです。最後に長年CRBのメンバーとして活躍してこられたJanice Bahr教授(Animal Sciences)からのコメントをご紹介して本稿を終わります。
"The faculty of the Center for Reproductive Biology extend a warm welcome to our Japanese friends. We welcome Japanese scientists to visit our laboratories and to present research seminars. We extend a special welcome to students who are interested in obtaining an advanced degree in reproductive biology. We invite you to contact us and visit us."
Janice Bahr
謝辞
本文作成にあたり、David Sherwood教授ならびにWalter Hurley教授からWebsiteの一部引用を許可していただきました。また、Janice Bahr教授、Robert Belton博士からはCRBの活動について詳しくお話を伺いました。ここに記してお礼申し上げます。
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