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20世紀後半からの発生工学の進展
入谷 明 |
【JRD2002年8月号(Vol. 48, No. 4)掲載】
緒 言
動物生産の立場から生殖技術の発展の経過をみると、人類がこれまで食資源動物や羊などの衣料動物において、質や量の効率的な改良増殖を目的として、様々な生物工学分野の新技術を開発してきたといえよう。
わずか数十年の間に人工授精、体外受精、胚移植並びにこれらの関連技術としての精子や胚の凍結保存、顕微授精、さらにXY精子の判別、初期胚の性判別による性制御、体細胞クローンにまで発展してきた一卵性多数子の生産技術など生命科学分野の発展は目覚しいものがある。産業動物の改良増殖に極めて有効に利用された技術の中で、人の生殖医療、ことに不妊治療に臨床応用された例もかなりみられる。中には顕微授精のように本来受精生理学の研究手段として開発された技術が、産業動物の生産にほとんど応用されることなく、むしろ生殖医療に活発に応用されるに至った技術もある。
本稿では、あわせて医薬品や新型食資源としての遺伝子組み換え産物の生産と倫理ならびに技術面で問題の多いクローン技術についても動物生産の立場から将来性も含めて解説する。
1.人工授精と精子の凍結保存
人工授精は新しい技術ではないが、今なお家畜の改良・増殖の最前線で活躍している技術である。古く1780年にイタリアの僧、Spallanzaniがイヌで成功しており、日本へは1907年ドイツ留学の帰途、ロシアのペテルスブルグでウマの人工授精技術を学んだ京都大学医学部の石川日出鶴丸教授が導入したのが最初とされている。次いで第2次大戦後、勝った国も負けた国も蛋白食糧の不足になやまされ、各国で急速に産業動物の改良増殖に人工授精が使われることになった。
1948年には日本における最初の組織立った人工授精の臨床応用が、慶應義塾大学家族計画相談所でスタートした。その頃、ニワトリやウシの精子を使った凍結保存の成功によって、動物生産では凍結精液の全盛時代に入ることになった1-3)。当時、超低温下での凍結保存が精子の染色体に及ぼす影響について多くの議論がなされたが、ウシだけでも年間数千万頭もの正常な産仔が凍結精液から生まれる実態から考えても全く問題はない。
2.胚移植
胚移植についても研究段階からの歴史的背景を辿ってみるとかなり古く、人工授精の始まりが1780年とすれば、その約100年後1890年にはHeapeがウサギで成功例を発表している。日本では旧畜産試験場を中心に西川、杉江らがヤギで基礎研究を重ねたのち、家畜特に胚移植の経済効果の大きい牛における非手術的胚の回収、移植法の開発等多くの優れた先駆的業績を挙げてきた4,5)。現在のウシにおける胚移植の現状を概説する。
胚移植は、その語句の示す通り同種の動物の1個体から受精卵(胚)を採集し、他の個体の卵管または子宮内に移植して妊娠、分娩させることであるが、この過程で、胚を供給する側はきわめて遺伝形質の優れた個体を選びさえすれば、胚を移植される側の個体は生殖機能が正常であれば、とくに優れた遺伝形質を備えている必要はなく、いわゆるトビにタカを生んでもらえれば良いわけである。ただし借り腹が少なくて不足する場合がまま起こるので、遺伝形質の優れた胚が多数準備できた場合には、借り腹が見つかるまで胚を凍結保存する技術が必須になる。
表1 ウシでの胚(受精卵)移植の効果 ――――――――――――――――――――
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(入谷)
表2 全世界でのウシの胚移植の概況 (単位千頭)* ――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――― *体外受精胚を含む(Thibier, 1999) (入谷) |
現在、胚移植の技術を最も効果的に利用しているのはウシにおいてである。ウシのように1産1子で、しかも妊娠期間が285日、生殖可能平均年齢が10歳程度ならば、生涯に残せる子の数は約10頭になる。ということは、どんなにすぐれた遺伝形質をもつ雌ウシでも残せる子孫、つまり残せる遺伝子にはおのずと限度がある。ほとんどの哺乳類の雌は(ヒトを含めて)、卵巣内に卵子のもとになる卵原細胞を数千個も持っているが、成熟して卵子となるのはごくわずかだけである。この方法ではこれらの卵原細胞の成熟をうながして、できるだけ多くの卵子を利用しようとするもので、卵巣刺激ホルモンを使って、1回に10〜15個を排卵させる。こうして過剰排卵させた後で人工授精をおこない、授精後7日目に子宮に降りてきた胚を、子宮洗浄して回収する。1回の処置でとれる移植可能な胚を平均5個として、このような処置が年に4回できるとすれば、1年に20個の移植可能胚がとれる。このようにして、雌ウシを8歳になるまで胚の供給者として使うと、妊娠率60%とみて生涯に100頭、つまり自然な状態で1年1産とした場合に比べて10倍も多くすぐれた子孫を残せるわけである(表1)。
人工授精は雄の、胚移植は雄・雌両方のすぐれた遺伝形質を効率的にばらまくことができるといわれるゆえんである。ちなみに現在全世界では、年間、新鮮胚から27万頭、凍結保存胚から28万頭の胚移植が実施されている(表2)6)。
胚移植の技術には、まず供胚ウシの選択、過剰排卵処理、採卵、回収胚の質の判別、移植等が挙げられる。
胚を供給する個体は、肉牛の場合には、当然、肉質のすぐれたウシになる。乳牛の場合は年間15,000〜20,000kg乳量のウシが選ばれ、卵巣機能をはじめ、生殖機能全般に問題のない個体が選ばれる。
平均約10個の胚を期待する場合、乳牛で36 mg、肉牛で30 mgの卵胞刺激ホルモン(FSH)を漸減法で投与する。
過剰排卵処理後、プロスタグランディン(PG)F2αを用いて黄体をブロックし、発情を誘起する。PG投与後の翌日の夕方ごろから発情の兆候が現れ始め、2日目の早朝から午前中までに発情がみられる。
人工授精は、1回目をPG投与2日目の夕方、2回目をその翌朝に実施する。
過剰排卵処理後約8日で、胚盤胞期に到達した時点で、約500〜1,500 mlの灌流液で子宮内を灌流して採集する。通常使用される灌流液はイーグルMEM、PBS、乳酸加リンガー液などである。
採卵の成功率について、日本で好成績をあげている23機関での調査成績をみると2,726頭の処理で2,131頭(78%)が成功している。
また1頭当たりの正常回収卵数は5.4個である。
胚移植の受胎率は、日本全体では,約60,000頭のうち凍結胚を使った10,000頭で46%、新鮮胚を使った50,000頭で53%であり、新鮮胚の方が高い。また50%以上の受胎率をあげている49機関全体の平均成績で、16,843頭について56.5%と高い率を得ている。日本は凍結胚の利用率が世界的にみても高く、全移植頭数の74%を占めている。
3.体外受精(常法と顕微授精)
表3 体外受精の最初の成功例 ――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――― *体外受精胚を移植して子が生まれている種 |
哺乳動物の体外受精に成功するには、良質の成熟卵子と受精脳獲得精子7)を準備することが条件になる。表3には、動物種ごとの体外受精の成功年代が示されている。いずれも正確な受精初期像(間違いなく精子が卵子に入った確証のあること)が得られた最初の報告である。
分割して2〜4細胞になっていても、重要な受精の証拠となり得ない。精子が入らなくても、つまり受精しなくても単為発生で初期分割する場合がかなりみられる。表1に示されるようにヒトの体外受精成功年は、哺乳動物種の中でもかなり早く、1960年代の終わりであって、1978年には最初の体外受精児がイギリスで生まれている8)。日本では筆者らが当時の京大産婦人科西村敏雄教授の教室との共同研究で、摘出卵巣から採取した未成熟卵を体外培養し、最初の体外受精成功例を得て、1979年第24回日本不妊学会(熊本悦明会長、札幌市)で発表した9)。数年を経て1983年日本産科婦人科学会から「体外受精・胚移植に関する見解」10)が会告として公表され、最初の体外受精児が生まれている。
体外受精成功の意義、目的は動物の場合と臨床応用では全く異なり、前者では受精のごく初期に卵子や精子の核がどのように動いて分割に至るのか、また精子が卵子に侵入しうる能力(受精能獲得)7)の条件は、動物によってどのように異なるかなど受精生理学の研究上重要な意義をもっていた。ウシの場合、約20年前、筆者ら11)が初の体外受精成功例を報告した頃は、大動物での精子の受精能獲得条件を明らかにしたということで生理学的に重要な報告として高く評価されたが、当時、実用的な意義は考えられなかった。その後数年を経て、ウシの体外受精胚を移植して子ウシを生ませることで、アイルランド、イギリス、日本での体外受精子ウシの生産が盛んになってきている。
従来、屠場であまり顧みられなかった卵巣から未成熟卵胞卵子を採取し、約100個の未成熟卵子から10〜15頭の子ウシを生産するシステムができ上がっており、日本でも肉ウシの卵巣卵子から作った体外受精胚を酪農地帯の乳牛を受胚牛として肉用子ウシを生産している。現在日本では、体外受精胚から年間約1万頭の子ウシが生まれている。
4.顕微授精は専ら不妊治療に臨床応用
通常の体外受精では、精子は活発な前進運動で卵子の最外層の糖蛋白質でできている透明帯(図1参照)を突き破って進入しなければならない。このためには前項で述べたように、精子は受精能を獲得している必要がある。
顕微注入の歴史的背景、本来の目的は、受精の場での精子と卵子の相互作用について受精生理学的な研究を行うにあたっての、技術として試みられたものである。1962年、平本12)はウニで、1966年、Graham13)はカエルで、いずれも1個の精子を微小ガラス針で細胞質内に注入した。それぞれ初期受精現象である精子頭部の膨化、精子から変形した雄性前核の形成を認めている。1976年〜1977年には、上原、柳町14)がハムスター卵子にヒトやハムスター精子を注入して雄性前核形成を明らかにした。いずれも透明帯通過や膜融合の過程を経なくても受精させうることを証明したものである。1985〜1986年になって、筆者らは受精生理の研究に使うにとどまらず、この方法で精子1個を細胞質内に注入して、顕微授精由来の子ウサギを誕生させた。1988年、第5回世界体外受精会議がバージニア州ノーフォークで開かれ、筆者らもウサギでの成績を報告し(図2、3)15)、このころからヒトの男性不妊治療に顕微授精の臨床応用の機運が急速に高まってきた。従来の体外受精でもなお妊娠しない、つまり精子数が著しく少なく、加えて運動性がきわめて悪い症例に対して応用されるようになった。
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5.卵子、胚の凍結保存
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保存できればその効果が大きいものとして、まだ排卵にほど遠い未成熟卵子、排卵直前ないし排卵直後の卵子、体外で成熟し受精可能になった卵子、受精後数時間〜15時間の1細胞期胚、4〜8細胞期胚、16〜32細胞期胚など、さまざまな段階の卵子や胚があげられる。これらの細胞は、耐凍性つまり凍結保存に耐える能力がかなり異なる。一般に未成熟卵や成熟していても未受精の卵子は耐凍性が低く、マウスやラット以外では現在も凍結保存はかなりむずかしいとされている。また受精後の胚でも耐凍能に差があり、1細胞期はもちろん、2〜4細胞期でも、16〜32細胞期のものに比べると凍結に耐える能力が低いとされている。これは分割の進まない時期には個々の割球が大きく、凍結保護物質(グリセロールやエチレングリコールなど)が細胞全体に浸透しにくいのも一因である。精子の凍結が容易なのは、卵子と比べて大きさ(体積)が10,000分の1と小さいからと考えられている。
胚の凍結保存は、精子の凍結保存に遅れること約20年、1972年にWhittingham、 Leiboら16)がマウス胚で成功している。胚の凍結能も動物種によって大きな変異があり、ブタやミンクのように細胞質内に多量の脂質を含み、顕微鏡下に暗くみえるような胚は、マウス、ラットなどのような明るい胚に比べて一般に凍結能が低い。ヒト胚は比較的脂質が少なくて明るく、ウサギ、ウシ、ヒツジ胚などと同等に凍結能の高い部類に属する。ヒト胚では、現在8細胞期までに発生したものを目安にして凍結保存している。
現在世界各国で広く実用化されているウシ胚の凍結保存技術の概要は図4に示されている。
6.性制御(精子での、初期胚での)
XY精子の分別が可能になれば、X精子を使って雌、Y精子を使って雄を生産することができる。動物でXY精子を生存状態で分離する方法として、XYそれぞれの精子のDNA含量が数%〜10%異なることを利用して、DNA染色後、レーザー光を照射して濃度を測定するいわゆるフローサイトメトリーで分別が可能になってきている。ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ、チンチラなどの精子では分別が可能であるが、ヒトではXY精子のDNA含量差が2〜3%しかなく分別が不可能である。
JohnsonとWelchは8種の動物種について精子のDNA濃度差を測定している(図5)17)。まず精子頭部のDNAを蛍光色素で染色しておく。そして、この精子をノズルを通して1個ずつ滴下させる。精子の頭部は厚みのある小判型なので、平面部の蛍光度が正しく測定された精子についてのみ、コンピューターがX、Yを判定して荷電させる。蛍光度の大きい、すなわち核酸量の多いX精子はマイナスに荷電され、静電偏向板を通過するときにプラス電場側の左に、そうでないY精子はマイナス電場側の右に選別される。
1時間あたり35万個の精子が分別装置を通過するが、正しく分別される精子数は全体の10%(35,000個)程度である。最近では、分別効率が飛躍的に改善されてウシの人工授精(子宮角内)が野外でできるまでになってきている。Seidelら18)は、性判別精子を使った人工授精を実施して、表4に示すように95%と高い雌子ウシ率を得ている。
(ワイオミングでのアンガス〔肉ウシ〕を使った実験) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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ただし、妊娠率は性判別をした精子の方が非判別のものにくらべて約10%低い。これはたとえ同数の精子を注入しても性判別の過程で、精子に高電圧がかかることから、精子の運動性が低下することによるとされている。
つぎに受精後の胚の時期での性判別については、初期胚の割球の一部からY染色体の有無を調べ、性を判別するPCR法がある。
この原理は最近犯罪捜査でも脚光をあびているDNA診断の応用である19)。細胞には必ずDNAが含まれているが、Y染色体に由来するDNAだけを、基準になる雄性のDNAを使って選び出し、PCR法を使って検知できるレベルまで増量する。ほんのわずかな試料を数10万〜100万倍にも増幅できる。こうして増幅させた試料中のDNAが、雄(Y染色体)に由来するかどうかを判別する。
ウシの場合、受精6〜7日目の胚盤胞(約100細胞にまで発育した胚)を2分断した片方、または胚の一部(栄養膜細胞)から削りとった数個の細胞を試料とする。これらの核からDNAを抽出し、雌雄共通の遺伝子配列と、Y染色体特異の遺伝子配列の有無を調べる。性を判別した後で、残りの胚を移植して産子の得られることは当然であり、残りの細胞を使って、核移植法によって複数の産子も得られる。
7.遺伝子同型複数子(クローン)の生産
1)割球分離や初期胚の2分断(双子)によるクローニング
1979年Willadsenはヒツジの2〜8細胞期胚の割球を分離して、1卵性の2〜5子を作っている(図6)20)。その後、ウシで顕微鏡下で初期胚を微小金属刃で分断して比較的簡単に双子を作る方法も開発され、一部で実用化された21)。
ケンブリッジ畜産研究所で筆者撮影(1984年7月)。 |
2)桑実胚(32細胞期胚)の割球の核移植によるクローニング22,23)
ウシで実用化に向けて7〜8年前から研究の進められている技術が、核移植法によるクローニングである(図7)。この技術はまだ十分に確立されていないので、妊娠率も通常の胚移植の60%に比べてかなり低く、30〜40%前後である。図示のように、この方法では32細胞期胚の1割球でも1個体に発生する能力をもっているが、細胞質が少なく、移植核の活性化能力を支援するために成熟卵細胞の雌性核を除去した卵細胞質と1/32割球を融合させ、同時に電気パルスで細胞質中の未知因子(初期化因子?)を活性化させて融合させた核を目覚めさせ、体外培養によって胚盤胞にまで発生させる(発生率30〜40%)。発生胚は移植ないし凍結保存するが、一部は32細胞期に世代IIの核移植に供用される。これらをさらに世代III、IV…と繰り返せば、理論的にはきわめて優れた遺伝子形質を具えた1個の胚から、100〜1000と限りなく一卵性の同型胚が生産可能なはずである。実際には、予想するほどコピー動物は作られておらず、一卵性5、7、10子くらいできればよい方である。
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3)体細胞(乳腺細胞)からのクローン羊の作り方(図8)24)
体細胞としては、乳腺上皮細胞と胎児の繊維芽細胞が使われたが、前者の例で説明する。年齢6歳の妊娠3ヶ月のヒツジの乳腺細胞を採取し、3〜6世代(1世代1週間)継代培養する。乳腺細胞を移植される側の卵細胞からは第一極体と雌性核のすべてを除いた後、電気融合法によって核移植する。移植用の細胞核の調整が最も重要な過程で、乳腺上皮細胞の継代培養は10%FCS(子ウシ胎児血清)を含むM2培養液中37℃で行われた。
培養中に5日間貧栄養条件(FCSを10%から0.5%に落とす)下で培養することで、乳腺細胞の細胞周期を休止期(Go期)に誘導している。このように細胞周期に沿って分裂を繰り返している活動状態を休止状態にもってくる。供核細胞を受核卵細胞に融合させた後、さらに発生を促すために複数回の電気パルスを加えることによりDNAの複製が始まり、核の初期化が起こり、受精卵と同様の過程を経て胚盤胞へと発生する。活性化刺激により細胞質中の未知因子(初期化因子?)が働き出すと考えられているが、因子の本体は明らかにされていない。
うまく融合に成功した構築細胞は277個(64%)で、これらを数日間ヒツジの卵管内で培養したあと247個(89%)を回収し、そのうち29個(12%)が移植可能な桑実胚〜胚盤胞(30〜100細胞)にまで発育していた。この29個を13頭の借り腹ヒツジの子宮に移植して、1頭の子羊、ドリーが生まれ、実に277個の融合胚から1頭生まれたことになる。
その後、アメリカ・マサチューセッツ大学のRobl教授らが体細胞として牛胎児の細胞を使って、しかも継代培養の過程で、β-ガラクトシダーゼーネオマイシン耐性融合遺伝子を導入した細胞を選抜して核移植を行い、遺伝子組換えクローン牛を誕生させている。
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次いで日本でも主として肉ウシで皮膚、筋肉、耳殻、卵管、卵丘細胞などを移植用の体細胞核としたクローンウシが相次いで生産され25)、2002年1月時点で全国的に37機関で実施され、出産例数276頭であるが、死産や生後直死なども多く、約半数の125頭が生存している。
ウシについで、ハワイ大学でクローンマウスの誕生が報告されている26)。クローンウシでは、最初のヒツジの場合と同じ方法が使われたが、マウスではかなり異なり、融合や卵細胞の活性化に電気パルスは一切使われていない。体細胞としては卵丘細胞が使われ、しかも細胞核のみを微小ガラス管で吸引して、あらかじめ核を除去したマウス卵細胞内に直接注入し、1時間放置した後ストロンチウムを使って卵細胞を活性化している。
いずれにしても現在の技術では、ヒツジ、ウシ、マウスともに体の大きさ、妊娠期間はそれぞれ150日、285日、20日と大差があるが、生産効率が非常に悪く、移植胚数当たりで、約3%の正常産子率である。胎児の過大化、胚の早期へい死、流産、死産、出生後間もない死亡など、ここ数年では解決しえないような難問が山積している。これまで考えられなかった、2nの体細胞に全能性を具えさせるということで、発生関連の遺伝子発現が万全でないことによると考えられている。
8.クローン技術の有意義な使い方
現在の体細胞クローンの技術がさらに効率よく改善されることを条件として、次のような応用項目が考えられる。
図9 体細胞クローンは受精卵の細胞からのクローンよりはるかに有利(入谷原図) |
しかし、ヒトの細胞そのものの研究は制限されていない。体細胞核の遺伝子を正確にコントロールして種々の組織に分化できる細胞を培養できれば、パーキンソン病や糖尿病などの治療にも役立つはずである(図11)27)。生命倫理面に十分配慮して正しく応用することによって、生物学、発生工学、再生医療、食資源動物の改良などに効果的に利用出来るように発展させなければならない。
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9.形質転換動物の生産
従来の育種選抜法による家畜の遺伝的形質の改良には長時日を要し、作業も繁雑であった。1980年代になって、組換えDNA技術が家畜の改良にも応用されるようになってきた。初期の頃はマウスでの研究が主体であって、哺乳動物での最初の成功例として、Gordonら28)がマウス前核にDNAを注入して作った、遺伝子導入個体があげられる(表5)。ついで1982年Palmiterら29)がラットやヒトの成長ホルモン遺伝子を導入して大型マウスが生産された。このスーパーマウスは世界各国の数ヶ所で追試され、正常大型マウスの生産されることが証明された(図12)。これらの成果に刺激されて、小型動物に大型動物の成長ホルモン遺伝子を導入して動物体の大型化を目ざした研究が広く行われた。しかし体型的にもバランスよく大型化したのは、マウスの場合のみであって、ヒツジ、ウサギ、ブタの場合にはいずれも望ましい形質転換、とくに大型動物は得られていない。
表5 遺伝子の受精卵前核顕微注入法によるトランスジェニック動物の作出 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― TG:トランスジェニック
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1)ウサギ、ヒツジ、ブタでの成長ホルモン遺伝子の導入
Costaら30)は、ウシ成長ホルモン遺伝子(bGH)を導入して肝臓、腎臓に発現させたウサギを生産している。これらのウサギの体重は、予想外に大きくならず、生後1〜2カ月の体重が通常ウサギの2〜3カ月時の体重であって、やや増体が早かったが、その後は大差がない。ただ8カ月齢では図13に示すように、TGウサギの頭部が大きく、四肢が長く、典型的な末端肥大症の兆候を示している。これらのウサギでは数回交配しても不妊で、ヒトの場合にみられる月経異常や性欲減退の症状に似ている。さらに腎臓脂肪が皆無であり、ウシ成長ホルモン遺伝子の導入されたブタで60%も皮下脂肪の少ないことに類似し、ヒトの場合のやせ型に相当している。このように大型化に失敗したとはいえ、ヒトの末端肥大症のモデル動物として、治療法の開発に利用できるとされている。
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ヒツジの例:ヒツジでも初期の頃、ウシ成長ホルモンを導入した場合に、ヒツジ自身の成長ホルモンが、血中に占めるウシ成長ホルモンに抑えられて大型化せずに、むしろ矮小化する例、また導入ウシ成長ホルモン遺伝子が脳で発現し、視神経障害を起こすなど不都合な例がかなりみられた。
ブタの例:Hammerらが1985年ヒツジで外来遺伝子導入に成功して以来、当時関心の深かった大型化を目標にしてアメリカ農務省の試験場でPurselら31)がウシ成長ホルモン遺伝子の導入を試みた(表3)。初期胚前核への目的遺伝子の顕微注入法で、ほぼ安定して、注入胚当たり1%程度の作出効率が得られた。しかし、作出個体の大型化はみられず、高血糖、四肢の関節炎、胃潰瘍など病理学的症状を示して、マーケットサイズまで健康に発育する個体は、ごく少数であった。ただし、唯一好ましい例として、体型の大型化はみられなかったが、対照区にくらべてロース芯の割合が大きく、皮下脂肪が1/3にも減少した個体が得られた(図14)。
左は普通のブタ、右はウシの成長ホルモン遺伝子の組み込まれた |
小型動物の生産:大型マウスは、大型動物の成長ホルモン遺伝子をマウスで過剰に発現させて作られたが、一方で動物を小型化させることによって、実験動物として使いやすくする意図で作られたミニラットの例がある。松本ら32)は、内在性遺伝子の発現を抑制する方法の一つであるアンチセンスDNAの導入によって、成長ホルモン遺伝子の発現を人為的に抑制して小型ラットを生産している。標的とするラット成長ホルモン遺伝子のmRNAに対して相補的な配列をもつアンチセンスRNAの転写が可能なアンチセンスDNAを動物個体に導入し、内在遺伝子の発現過程を阻害したものである。
2)乳汁中での生理活性物質の生産
上記のようにマウスやラットを除いて、成長ホルモンによる体型サイズの制御は現状では難しいことがわかってきた。このような状況もきっかけの一つとなって、成長ホルモン関連にかわって、次第に乳汁中への生理活性物質の発現、つまり動物体をバイオリアクターとみたてた遺伝子組換え実験が多くみられるようになってくることになる。その意味で、初期の典型的な成功例としてスコットランドのPPL社で生産されたTGヒツジの乳汁中でのヒトα1-アンチトリプシン(hα1-AT)の生産があげられる33)。
この頃から、イギリスのPPL社やアメリカのジェンザイム・トランスジェニクス社などいくつかのベンチャー企業では、将来ウシ、ヤギ、ヒツジなど中・大型動物の乳汁中での生理活性物質の生産を最終目標とした基礎研究を大々的に実施することになった(表6)。
表6 PPL社が現在乳汁中発現を目標にしてマウスを使って開発を進めている ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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3)遺伝子導入方法
表7 遺伝子組換え動物の生産効率(初期胚前核注入法)* ―――――――――――――――――――――――――――――――
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おわりに
生殖技術の著しい進展とともに、新技術の適用に際しては、動物実験や家畜生産の場合であっても、動物愛護(Animal Right)の面からの配慮が必要であり、また、新しい生殖医療技術として臨床応用する場合には、技術の効率ならびに安全性について、動物実験の過程を経ることはもちろんであるが、生命倫理面からの議論も当然なされなければならない。
とくに本論文の後半で述べたクローン技術の応用、遺伝子組換え動物の生産の両者については、倫理面、食品としての安全性の両面から、十分な配慮が必要である。
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