| 施設のTopic | 社団法人 家畜改良事業団 家畜バイテクセンター 浜野 晴三(業務課) |
【JRD2002年6月号(Vol. 48, No. 3)掲載】
社団法人家畜改良事業団家畜バイテクセンターは、黒毛和種の肥育素牛増産を目的とした体外受精卵の生産供給を主な業務としており、当センターの施設および業務内容は本誌45号4巻(1999)で既に紹介済みです。
2001年9月に我が国で初めて牛海綿状脳症(BSE)が発生して以降、各地で牛卵巣の入手が困難な状況が発生しており、牛卵子を材料とする体外受精や核移植等の試験研究の進捗に著しい影響が生じています。当センターでも一時的に卵巣採取が不可能な状況に陥り、体外受精卵の生産に支障が生じましたが、現在では今まで通り卵巣を採取して体外受精卵を生産しています。
ここでは、BSE発生から現在に至るまでの当センターの取り組み経過を紹介致します。
BSEの発生
2001年9月に国内初のBSEが発生し、続く10月初旬にも疑似患畜が出たことにより、同年10月18日から全国で一斉検査が開始されるまで、国内のと畜場における牛のと畜が停止される事態となったことは記憶に新しいところです。
前述したとおり、当センターでは黒毛和種肥育素牛の増産のために、東京都中央卸売市場食肉市場と神戸市中央卸売市場西部市場から卵巣を採取して体外受精卵の生産に用いています。そこで、食肉市場の管轄である東京都と卵巣採取の継続について種々協議を行った結果、BSE検査の結果が出る前の生体材料については、毛一本たりとも市場敷地外に持ち出すことを禁ずること、採取した内臓等は個体毎に保管しておくようにと指示を受けました。しかし、敷地内であれば事前に内臓等の処理を行うことは可能であることも示唆されました。同時期に神戸市からも同じ条件が示されたことから、と体から卵巣を採取し、直ちに自らの施設内で卵子を採取して成熟培養に供する作業は実施できない状況に陥りました。
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IVF Car
ほぼ10年前、体外受精技術が牛の繁殖手段の一つとして確立されつつあった時期に、全国各地のと畜場から卵巣を採取して黒毛和種増産へ利用する計画がありました。しかし、各地のと畜場近辺に処理施設を設置することは物理的に不可能であることから、小型発電機を備え、インキュベーターやクリーンベンチ等の培養関係機器を装備した移動施設を作ることとなり、普通自動車免許で運転可能なトラックの荷台を改造して実験施設を整えました。
平成4年初春にIVF Carと命名した4tトラックの改造車(写真1)が完成し、試験的に地方のと畜場へ出向き性能試験を行いました。ところが、東京食肉市場と神戸市西部市場から卵巣を採取することが可能となったことと、近隣に東京(現家畜)バイテクセンターと神戸分室をそれぞれ整備して体外受精卵の大量生産に着手したことから、IVF Carの出番の機会はなくなり、それから当団前橋種雄牛センターの車庫で保管されていました。
BSE発生直後の体外受精
BSEの一斉検査が実施されて以降、卵巣採取は問題なく継続することが可能でしたが、東京都から前述の見解により、直ちに採卵を再開する場所も無く、しばらくの間は体外受精卵の生産を中断せざるを得ない状況に陥りました。
当センターとしては、関係者に対して体外受精卵に係わる事業内容を説明して理解を求めながら、種々検討を重ねて準備を進めた結果、食肉市場内の小会議室の提供とIVF Carの食肉市場敷地内設置の承認を頂きました。
直ちにIVF Carの車輌登録と車輌検査を行って東京まで移動し、車内での作業環境を整えて10月末には採卵を再開しました。
しかし、一時的に採卵作業を行う場というコンセプトで設計したIVF Carの中では、長期間の継続作業には無理がありました。予想した以上に車内の密閉度の高さから息苦しさを覚え、窓の無い車上の小部屋で密閉感との戦いでもありましたので、夏場の太陽が照りつける下での車内温度を想定すると、この作業が冬期ですんだことが幸いしたと思えます。
体外受精卵の生産再開に際し、採取した卵子の成熟培養をどのように行うか、基本的な培養環境の検討に着手しました。即ち、最も単純な環境と方法で成熟誘起が可能か否か、成熟培養後の卵子の持ち運びが簡便であるかという点に試験の焦点を絞りました。
先ず、培養容器を人工授精用の0.25 mlストローと1.8 ml容量の小試験管として、ガス平衡を行った培地と共に未成熟卵子を導入し、温度のみを維持しながら成熟誘起を施しました。しかし、インキュベーター内で成熟誘起した卵子に比較すると、受精後の胚盤胞への発生は非常に低い割合となりました。従って両手法は採択できず、従来どおりシャーレ内での培養方法を行うこととしました。
その一方で、卵巣を4〜35℃の温度域の生理食塩水中で24時間の保存を行い、採卵後の卵子を体外受精と核移植に供して胚の発生に対する検討を並行して実施しました。その結果、20℃で保存した卵巣から採取した卵子について、形態的な選抜を強めれば受精後あるいは核移植後の胚盤胞への発生率の低下は防げました。しかし、採取した卵子全てを利用すると胚の発生成績が不安定になることから、保存した卵巣から採取した卵子は大量生産に利用することが困難であったことと、どの温度域で保存した卵巣からも強い腐敗臭があったことから、この手法による生産は断念しました。
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これらの試験結果から、インキュベーター設置の必要性に迫られ、常時電力を供給するために、IVF Carの外部に新たにコンセントを設置して機械を稼働させました。
BSEの発生以降の体外受精卵の生産は、IVF Car内で採卵と成熟培養を行い、と畜翌日の朝にBSE検査結果の伝達を受けた後に成熟培養中の卵子を持ち帰り体外受精を実施する工程を採用しました。
食肉市場と家畜バイテクセンター間の距離は僅か1.5 kmですが、ミネラルオイルで培地を覆った状態でシャーレを持ち歩くことは困難を極めます。現在は12あるいは24穴プレートのウェル内に培地の液滴を作りオイルで覆ったうえで、個体毎に採取した卵子を成熟培養に供し、翌日プレートにPCRの蒸発防止用のシールを貼ったうえで暖めた保冷剤で温度を維持しながら、プレートごと持ち運ぶことにしています。
新施設の整備
IVF Carの中で卵巣処理を行うと同時並行で、食肉市場の中に新たな施設を整備するために関係者との協議を重ねた結果、東京都中央卸売市場食肉市場では竣工したばかりのセンタービル地階の1室(写真2)を、神戸市中央卸売市場西部市場でも市場内の会議室の一部を借り受けることが可能となり、共に採卵と体外成熟培養までに係る施設整備を完了し終え、体外受精卵の生産供給をBSE発生前と同じレベルに戻すことができました。
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