留学体験記 |
フロリダでの日々
上村 俊一 |
【JRD2002年6月号(Vol. 48, No. 3)掲載】
今回、文部科学省の在外研究処置により、2001年5月より10ヶ月間、フロリダ大学IFAS(食料農業研究所)、Department of Animal ScienceのTheriogenology Laboratory(家畜繁殖学研究室)に留学することができた。滞在中、悲惨な事故が起き、その際、ちょうど米国内を移動中でもあったことから一時日本と連絡がとれず、関係者にご心配をお掛けした。その後、空港や郵便局など、人が集まる場所では身分証明書の提示が必須となり、特に外国人は(いや、私はかな?)二重、三重のボディチェックを受けることになった。しかし、それ以外は特に変わりなく、インターナショナルな雰囲気のある研究室で楽しく、忙しく過ごすことができた。
フロリダ大学は1853年に最初の講義が行われたことに起源し、1906年に州立大学として現在のGainsvilleに設置された。同市はフロリダ州北部にあり、人口9万人のうち、学生5万人、大学関係者1万人からなる大学都市である。私が所属した家畜繁殖学研究室には、教授5人、助教授3人が在籍し、Department全体では50人の教官を含む100名の教職員が勤務しており、精力的に研究や教育を行っている。これ以外に付属実験施設として、500頭の搾乳牛に対し24時間搾乳を行う乳牛試験牧場、同規模の肉牛試験牧場、100頭の実験馬を持つ馬試験牧場、豚試験場、養鶏試験場等があり、その全体規模、職員数などは見当もつかない。家畜繁殖学研究室では、主に乳牛の繁殖生理に関する研究を行っており、その研究業績や振り当てられる研究予算額(年間1.5百万ドル)は全米でもトップレベルに位置される。
今回、私が所属したThatcher研究室は、7名の博士課程大学院生及び2名のバイオサイエンスエキスパートが在籍する。Thatcher WW教授は大学院専任教授であり、博士課程大学院生の研究指導を主とし、学部学生の講義等は行わない。研究は主に、乳牛の繁殖生理、特に発情周期の同期化と母体の早期妊娠認識に関する分野であり、実際の乳牛を用い、野外での臨床試験を行うとともに、それらのメカニズムについて実験室内での分子生物学的研究を行っている。昨年、日本獣医師会の招待でも来日したBill Thatcher教授はとにかく多忙なスーパープロフェッサーで、月の半分は出張し、2ヶ月に1回は外国へ出かけ、国際的な研究開発に携わっている。しかし、研究室の研究状況には常に目を光らせ、出張先でもメールをチェックし、頻繁に研究室に国際電話を入れるなど、大学院生の指導は徹底している。これらの研究活動により、昨年はフロリダ大学全体におけるベスト大学院教授に選ばれ、今年度は全米畜産学会の最優秀研究指導者として表彰されることになっている。客員教授対応ながら、一研究者として研究室の仕事を分担した私も、彼とのブリーフィングには緊張し、受話器を持つ手は汗ばんでいた。
Thatcher研究室では、いくつかの研究テーマが同時進行しており、私は牛成長ホルモンの投与が牛の卵巣機能及び妊娠に及ぼす影響を試験した。
牛ソマトトロピンBovine somatotropin(bST)は牛の下垂体で作られ、乳牛の泌乳と成長を刺激する物質で、1979年、大腸菌を用いたリコンビナントbSTが作成され、広く酪農現場で応用されている。その結果、1頭あたりの泌乳量が全米で、15−20%程度増加するようになったが、その反面、bSTの投与により、発情発現が少なくなり、繁殖成績も低下するという報告がでてきた。これに対して、bST投与とホルモン処置により発情同期化を行い、定時人工授精を行うことにより泌乳牛の初回授精受胎率は向上したとする報告がThatcher研究室からだされた。今回の試験はこれらの一連の研究である。
試験では、フロリダ大学付属牧場の乳牛59頭を用い、-10日(定時人工授精=0日)にGnRH100 μgを筋肉内投与し、その7日後にPGF2α25 mgを投与した。PGF2α投与48時間後に2回目のGnRHを投与し、うち38頭は16時間後に定時人工授精した。0日と11日にbST 500 mg(Posilac, Mondanto Co)を41頭に投与し、18頭はbST非投与とした。試験期間中、超音波診断装置により卵胞ウェーブを観察し、血中ホルモンを測定することは日本と変わらないが、その後、これらの実験牛をDepartment付属の食肉センターで解剖して、妊娠の有無や子宮、卵巣の分子生物学的検討を行った。
その結果、胚芽はbST投与牛で4/21頭に、対照牛で6/10頭にみられ、胚芽の長さはbST群49.7 cm、対照群24.5 cmとなり、両者で差が見られた。直径でクラス分けした卵胞数、及び優性卵胞の最大直径には処置間による差は見られなかったが、解剖時の黄体重量(5.8g、5.1g)と超音波診断装置により測定した7日と16日の黄体の最大直径(25.2 mm、23.5 mm)に差が見られた。
写真 15時間労働後のひと時 ある日の研究室、日程表の横でトルコからの留学生と一緒に記念写真。2人の大学院生の仕事を手伝い、4つの農場を訪問すると、朝3時から夕方6時の労働過剰となった。 |
結論として、bST投与により、乾乳牛では妊娠率は低下するが、黄体の直径、黄体重量及び胚芽の長さが増加した。これらの結果については、現在も分析中であり、その一部は本年7月カナダでの全米畜産学会で発表予定である。
私は自分の研究のほか、研究室所属の大学院生の研究にも参加し、繁殖生理に関する多様な分野を体験することができた。それぞれの研究は、いずれも綿密な研究計画、予算計画に従って行われ、基本的に単年度完結型であり、翌年には学会発表と論文作成が行われる。7名の大学院生は、国籍もアメリカを含む4つの国からなり、研究活動に対し何れも積極的で主体的であり、質の高い研究成果が得られている。
ある日の研究活動では、大学院生Aの試験で、午前2時起床、3時より郊外の4,000頭規模のコマーシャル酪農家で、定時人工授精後27日目の妊娠診断を超音波診断装置で行う。そして、不妊牛に対しては卵巣所見により複数のプログラムで再同期化処置を行う。その後、牧場内で手持ちのサンドイッチを食べ、大学院生Bの試験のため、別の5,000頭規模の酪農家へ出かけ、発情確認、採血等を行う。その後、自分の試験で大学付属牧場での超音波診断、そして最終的に食肉センターで翌日解剖する牛の検査となり、夕方6時にやっと終了し、シャワーと昼食にありつけた。ある日、思わずトルコからの留学生と予定表の横で記念写真をとる始末であった(写真)。しかし、これは極端ではなく、これが6ヶ月間、週2回のペースで進み、このためアメリカンバーガーの多食にもかかわらず、太ることはなかった。滞在中、鹿児島大学の研究室の学生がフロリダ大学を訪ね、ちゃんとやっているかを確認し(?)、ついでに隣のこれまた全米でも有数の獣医学部動物病院を見学していった。
今回の留学を通し、新しい研究分野にふれるとともに、Thatcher教授と接することにより、大学院生の指導法、質の高い研究推進法など、研究者及び教育者としての考え方を学ぶことができた。これらの成果を、今後の教育、研究活動に応用できればと思う。
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