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マウス未分化生殖原基の器官培養による精巣、卵巣への分化誘導
水上拓郎、金井克晃、金井正美1、平松竜司、藤澤正彦2、九郎丸正道、林 良博 |
【JRD2002年2月号(Vol. 48, No. 1)掲載】
はじめに
近年、内分泌撹乱物質の生殖機能に与える影響、生殖医療、クローン動物の作出など社会的な生殖生物学への関心あるいは要求が日々増大している。生殖生物学の基本は、精子と卵子であり、ヒト、家畜を含めた哺乳動物のこれら雌雄の生殖細胞の分化メカニズムの解明は、生殖生物学において非常に重要な研究課題であるにも関わらず、ここ数10年間、余り進展していないのが現状である。この研究の立ち後れの大きな原因の一つとして、哺乳類の生殖細胞は、単独での培養による分化誘導(例えば、減数分裂の誘導)が非常に困難であり、また分化を再現する有効な細胞株もないことから、生殖細胞に特異的な分子あるいは遺伝子の機能を調べる手段がノックアウトマウスやトランスジェニックマウスなどの個体レベルでの解析に限定されているという大きな欠点によると考えられる。これらの個体レベルでの解析は、マウスなどの一部の動物種に限定され、さらに、金銭、人、時間的に多大な労力を払うことになるため、簡便な生殖細胞の分化解析に用いることができる新たな実験系の確立が待ち望まれているのが現状である。我々は、現在、細胞レベルと個体レベルの解析系の中間に位置する器官培養系に着目しており、本稿では、その中で未分化生殖原基を出発点とした精巣あるいは卵巣への分化誘導できる器官培養法1,2)について紹介したい。未分化生殖原基を用いる器官培養法の利点としては、雌個体では、減数分裂の開始を経て、厚糸期の卵母細胞まで誘導でき、雄個体では、セルトリ細胞、ライディッヒ細胞の分化誘導が可能であり、雌雄とも生体により近い精巣あるいは卵巣の形成(減数分裂の誘導を含む)が培養下で再現できる点にある。分泌型あるいは細胞表層に存在する分子に関しては、器官培養中に目的の分子そのものあるいは中和抗体を添加することにより、生殖腺、生殖細胞の分化過程での機能を調べることも可能であり、また、今後、蛋白、遺伝子導入法が改善されれば 細胞内分子の解析への発展も容易に推測される。また、本法は、マウスなどの一部の動物に限定されず、ラット、ハムスターやヒツジなどの他の動物種においても適用でき3,4)、マウスに限っていえば、卵巣の器官培養片を成体卵巣に移植することにより移植卵巣由来の産子を得る事も可能である5)。そこで、本稿は、マウスを例とし、生殖腺の器官培養法について具体的な実験手技、手順について詳細に解説する。
実験準備
■動物■
□マウスICR系妊娠11日齢(日本エスエルシー株式会社など)
■道具■
□先の細いピンセット(5 INOX: Fontax/Swtzerland社など)
□注射器テルモシリンジ1 ml(テルモ社)
□注射針27G(テルモ社)
■培地■
□Dulbecco's Modified Eagle's Medium (DMEM)(SIGMA社)
□ウマ血清(GIBCO BRL社)
□Penicillin/Streptomycin(GIBCO BRL社)
■培養器具■
□滅菌シャーレ(90×15mm EOG滅菌済み)(イワキ社)
□イージーグリップ細胞培養ディッシュ(35×10mm) (EAGLE社)
□Multi Well Plate(24 Wells)(SUMILON社)
□Water Jacketed Incubator(BIO-LABO社)
□ISOPORE MEMBRANE FILTERS 3.0μm TSTP(MILLIPORE社)
(カタログによると、表裏はないが、実際、光沢面と粗面があり、光沢面で培養を行うと、生殖腺が張り付いてしまうことがあるので、粗面を使うこと)
■genomic DNA抽出試薬■
□Nuclei Lysis Solution(Promega社)
□Protein Precipitation Buffer(Promega社)
□DNA Rehydration solution(Promega社)
□Proteinase K(20mg/ml in water; ナカライ社)
■PCR試薬■
□Taq DNA Polymerase in storage Buffer B(Promega社)
□PCR Primer(50 pM)
zfy-foward: 5'-ccc-tta-agg-ccg-tag-tac-agg-tgc-aga-gc-3'
zfy-reverse: 5'-gcc-gcg-tgg-cca-tgg-atg-gc-3'
Sox17-foward: 5'-cct-att-gca-tgg-act-gca-gct-tat-g-3'
Sox17-reverse: 5'-gac-tag-aca-tgt-ctt-aac-atc-tgt-cc-3'
□PCR Thermal Cycler MP(Takara社)
□電気泳動装置Mupidミニゲル泳動槽(ADVANCE社)
実験手順と実例
【1】11.5dpcマウス生殖原基の単離と器官培養の手順
培養には様々な方法があり、主に、各々のウェル内にアガロースを敷き詰めてその上に、分離生殖腺を置き培養する方法6)と、分離した生殖腺をフィルター上に浮かべて培養する方法とがあり、当研究室で主に用いているフィルター上で培養する手法を紹介する。
エーテル麻酔下の妊娠11.5dpcのマウスより子宮を取り出し、11.5dpcのマウス胎仔を胎盤ごと取り出し、滅菌シャーレ(90×15 mm EOG滅菌済み)にて冷PBS中で胎仔を単離する。
胎仔は、1匹ずつ、イージーグリップ細胞培養ディッシュ(35×10 mm)(EAGLE社)に移し、頭部を切除した後、冷 PBS中で腹腔を開き、肝臓以下、心臓など臓器を除去し、ピンセットを腹大動脈と神経管の間に挟ませて生殖原基として分離する(図1A、B)。生殖原基を分離した後、あらかじめ氷上に500μl PBSを入れた1.5 mlチューブに生殖腺以外の組織(頭部など)をピンセットで移し、PCRによる性判定を行う(実験手順2へ)。摘出した未分化生殖原基は、培養開始まで、50%PBS-DMEM中(Multi Well Plate(24 Wells)、氷上)にて維持する。
あらかじめ24 ウェルプレートに培地(同上)1.5 mlずつ分注しておき、3μmのISOPORE MEMBRANE FILTERS (3.0μm TSTP (MILLIPORE社))(2、3等分に切ったものを使用)をピンセットで各well 内の培地 の上に浮かべる(フィルターが底に沈まないように注意する)。
摘出した未分化生殖腺は、培地(10%ウマ血清-DMEM-Penicilin/Streptomycin [10 mg/ml])で数回洗浄後、3μmのISOPORE MEMBRANE FILTERS (3.0μm TSTP (MILLIPORE社) 上に少量の培地(30μl)とともに載せる(先を切った黄チップで生殖原基を操作する)(図1C)。
蓋をして、37℃、5%CO2条件で、3-5日間、静置培養を行う。
図1 マウス未分化生殖原基の器官培養法 |
培養生殖原基の組織像と遺伝子発現の実例
器官培養下での生殖腺の発生、分化の形態を明らかにするために、培養前の11.5dpcのマウス胎仔の生殖腺と培養3日目の培養片を、常法に従い固定後、切片を作製した。その結果、3日培養で、精巣分化においては、明瞭な精巣索が認められ、多数の生殖細胞が観察される。精巣索周辺を取り巻く前マイオイド細胞、間質領域に存在する前ライディッヒ細胞が分化する。また、ウォルフ管も、明瞭に発達する。(卵巣においては、このようなウォルフ管の発達は認められず、管腔が完全に閉塞している。)卵巣においては卵母細胞への分化が認められ、大部分が接合期に達している。また、Whole Mount in situ Hybridizationにより(文献8)に準拠)、セルトリ細胞の分化には、Sox9、間質のライディッヒ細胞の分化マーカーとして3β-Hsdの遺伝子発現を調べた。その結果、Sox9の発現は、精巣索に沿って配列しているセルトリ細胞に認められ、3β-Hsdは精巣の間質領域に分布し(図2G、H)、ほぼ15dpcの精巣、卵巣への分化が再現されているものと考えられる。
図2 マウス未分化生殖原基の器官培養 |
【2】Zfy遺伝子を用いた胎仔の性判定の手順
■Genomic DNAの抽出■
培養操作の終了後、性別判定用に取っておいた組織 (1.5mlチューブ内のPBS中に維持)は、遠心後、PBSを除去し、冷却した600μlのProteinase K(20mg/ml in water))-Nuclei lysis solutionに入れ、65℃で一晩、処理する。
室温に戻した後、RNase A(3μl)を加え、良くチューブを撹拌後、37℃で15〜30分間反応させる。
200μlのProtein precipitation buffer(Promega社)を加え、ボルテックスにより撹拌する。白濁後、氷上に静置する。
13,000-16,000 rpmで30分、遠心し、上清を新たなチューブに移す。
イソプロパノール(室温)を600μl加え、撹拌後、13,000-16,000rpmで20分間、遠心する(チューブの下部にDNAペレットが確認できる)。
DNAのペレットをくずさないように上清を除去した後、70%エタノール(室温)600μlを加え、良く混合、洗浄し、再度、13,000-16,000×gで1分間、遠心する。
エタノールを除去し、空気中で乾かす(乾かし過ぎるとDNAが溶解しにくいので注意)。
100μlのDNA rehydration solution(Promega社)を入れて65℃で1時間(あるいは4℃で一晩)ペレットを溶解する(4℃で保存)。
1μlのDNAサンプルを、以下のPCR反応液(19μl)と混合し、95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃60秒)35サイクル、72℃10分でPCRを行い、常法により2%アガロースゲルで電気泳動を行う(図3)。
PCR反応液(サンプル5本分)
10×Taq buffer: 10μl 25mM MgCl2: 5.2μl 10mM NTPs: 5μl H2O: 14.7μl Taq: 2μl zfy-f: 1μl zfy-r: 1μl Sox17-f: 0.5μl Sox17-r: 0.5μl 計95μl
図3 マウス胎仔のPCR法を用いた性判定
Zfyの約200 bpのバンドが確認されたら、雄と判定する。陽性コントロールのSox17は約400 bp。レーン1、2、4、5は雄、レーン3は雌。
胎仔の性判定の実例
Y染色体上に存在するzfyは約200bpのバンドとして確認でき、このバンドが見えれば雄で、無ければ雌と判定する(図3)。Sox17(第1染色体に存在)は陽性コントロールで、約400 bpのバンドとして確認できる。
おわりに
現在の所、フィーダー細胞上での生殖細胞の培養は非常に困難であり、哺乳動物で減数分裂を誘導する培養系は、本器官培養系を除いては、安定な結果は得られていない。今後、器官レベルでの遺伝子導入法が確立されれば、生殖腺、生殖細胞の分化メカニズムの解明に大きく役立つだけでなく、遺伝子改変動物の作出など発生工学にも利用する事が可能であろう。本稿により、少しでも他研究室の先生方にも本器官培養法を応用していただければ幸いである。
謝辞
ここに紹介した実験を行うにあたり、東京大学・獣医解剖学教室の室員に多大なるご助力、協力を頂いたことに深く感謝いたします。また、本実験の一部は、生物系特定産業技術研究推進機構の研究助成金(研究課題名:DNAメチル化情報の解析による動物ゲノムの高度利用/研究代表者 塩田邦郎)により行われた。
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