施設紹介

那須イーテイ研究所

西貝正彦

JRD2001年12月号(Vol. 47, No. 6)掲載



1.はじめに

 日本繁殖生物学会会員の皆様におかれましては、当研究所の胚移植業務推進に当たり、日頃から御協力いただいていることに対しましてまず御礼申しあげます。那須イーテイ研究所は那須連峰を望む栃木県黒磯市にあり、東北新幹線那須塩原駅から車で5分、東北自動車道塩原インターチェンジから車で20分と交通の便が極めて良いところに位置しています。週末や連休ともなると夏はゴルフや釣り、冬は温泉やスキーに首都圏各地から多くの観光客が訪れにぎわう一大行楽地でもあり、さらに日本でも有数の酪農地帯および和牛繁殖地帯でもあります。私自身は、昭和63年に農水省福島種畜牧場を退職し、栃木県北地域において過去14年間で4千頭を越える受胚牛に主に黒毛和種の凍結胚移植を行いながら、凍結胚移植技術の向上を図るとともに、農家に牛胚移植を普及してきました。


2.業務内容および設備

 那須イーテイ研究所は「研究所」と名前はついているものの牛胚移植を専門に行うために平成9年に設立された有限会社です。主要な事業は那須・黒磯地域の和牛繁殖農家で結成されたエクセレント和牛研究会の会員を中心にした和牛胚の移植であります。昨年は123頭の黒毛和種のドナー牛から約千個の胚を採卵し約700頭のレシピエント牛に胚移植を行いました。このうち凍結胚移植は全体の約70%を占めており、移植の中心は凍結胚移植となっています。牛胚の凍結融解法については以前はステップワイズ法のみで凍結していましたが、最近では半分はダイレクト法で凍結しています。まお、ガラス化凍結法も試験的ではありますが実施しています。また、今年になってから那須地域の酪農家で結成された県北IVF移植研究会の会員に対して新鮮体外受精胚移植を毎月10頭前後行っています。これらの採卵・移植事業を小林ETクリニックの小林由理獣医師と私の共同で事業を行っています。研究所の業務が牛の診療は行わず採卵と移殖であるため、実験室の設備としては凍結器やCO2インキュベータ、実体顕微鏡等があるだけで、PCRや超音波画像診断装置などの特別な機器は保有しておりません。


3.今後の研究課題

 研究施設や業務内容については他の研究所と比べて極めて貧弱かつ単純であり御紹介することがないため、誠に恐縮ですが自分の行ってきた研究を基に今後の研究課題について書かせていただきます。

 胚移植は家畜の繁殖分野では比較的新しい技術でありますが、世界的に盛んに実験がなされたのは1980年代後半までで、その後はあまり進展がないまま研究の中心が体外受精関連技術に移行してしまいました。このため私が胚移植を那須地域で始めた時期には胚移植技術に関して極めて情報が少ない上に私が米国研修中に先生から教えていただいた胚の凍結技術が当時の日本の凍結技術とかなり異なっており、現在ではインターネットで米国の胚移植専門家数名にメールを送れば翌日に返事をもらえる問題でも当時は本誌や他の文献を読んで追試するしか解決する方法がありませんでした。その後、平成7年に岐阜大学大学院連合獣医学研究科博士課程に社会人大学院生として入学し、4年間東京農工大学で指導を受けながら凍結胚移植の受胎率向上に関する研究をさせていただきました。このような経験から有限会社にもかかわらず「研究所」というネーミングをつけたわけです。

 研究の成果は大学院在学中の4年間でJRD誌に4報掲載させていただきました。以下内容を簡単に紹介しますと大学での研究テーマは受胚牛の黄体機能と受胎成績の関連を明らかにすることでしたので、移植前日(発情後6日)と当日(発情後7日)に受胚牛100頭の血中プロジェステロン(P)濃度およびエストラジオール-17β(E2)濃度を測定し、受胎成績を調べました。その結果、受胚牛の血中P濃度が移植前日、当日ともに高くなるに従って、受胎率も高くなる傾向がみられ、胚移植前日の血中P濃度が<2.5 ng/mlでは≧2.5 ng/mlの牛に比べて受胎率が有意に低いことを明らかにしました。胚移植前日の血中E2濃度と受胎成績には明らかな関連はみられませんでしたが、移植当日においては、血中E2濃度が低くなるに従って受胎率は高くなる傾向がみられました。臨床現場では受胚牛の血中PやE2濃度を測定してから移植する訳にはいきませんので、胚移植前日の受胚牛の黄体形状と血中P濃度の関係を調べたところ、長径≧1.5 cmの発育良好黄体牛では平均血中P濃度が2.7 ng/mlで受胎率は55.3%と高かったのに対し、長径<1.5 cmの発育不良黄体牛では平均血中P濃度が2.2 ng/mlで受胎率も44.4%と低いものでした。

 これら成績から、胚移植前日の直腸検査で全体の76%を占めている黄体の発育良好牛では移植に際して特別な処置をしなくても55%以上の受胎率が得られること、また全体のわずか6%を占める嚢腫様黄体牛には移植を中止したほうが効果的なことが示されました。しかし、全体の18%を占めている黄体形成不良牛に対しては何らかのホルモン処置をしなくては受胎率の向上が望めないことが考えられました。ひとつの受胎率向上の方法として胚移植前日に人絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)を投与し受胎率向上を図ることを行いました。和牛繁殖農家で飼養されている黒毛和種経産の受胚牛120頭を無作為に40頭づつ3群に分けて、2群にはhCG1,500IUをそれぞれ、発情後1日(発情発現日を0日)、発情後6日に注射し、他の1群には対照として発情後6日に生理食塩液5 mlを注射し、発情後7日に凍結胚移植を行って、受胎成績を比較検討しました。その結果、受胎率は発情後6日にhCGを投与した群は67.5%であり、対照群の45.0%および発情後1日にhCGを投与した群の42.5%に比べ有意に高い成績を得ました。以上の成績から、凍結融解した胚を胚移植前日にhCGを投与して黄体機能を増強した受胚牛に移植することにより受胎率の向上が図られることが示されました。しかし、黄体発育不良牛の受胎率向上策として考えられるのはhCG投与法だけではないはずです。従って、研究所の今後の課題としては胚側と受胚牛側の両面から本学会員各位の御指導を得ながら新たな受胎率向上の方法を探って行きたいと考えています。



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