書評

獣医繁殖学 第2版

森 純一・金川弘司・浜名克己 編
文永堂
2001年 506ページ B5判
ISBN: 4-8300-3184-0
定価:10,000円(外税)

JRD2001年8月号(Vol. 47, No. 4)掲載



 「畜産学」において、優良家畜の効率的生産を目的とする繁殖学の役割は大きく、中でも最近の生殖工学の発展は育種繁殖学分野にとって革命的な技術開発をもたらしている。こうした生殖工学技術を含めた長年の育種改良の結果、わが国の乳牛の乳量は年々着実に増加してきたが、その一方で経産牛の初回授精受胎率は今では50%を大幅に下回り、分娩間隔は年々延長してきているのが実状である。また、都市部における犬、猫を中心とした伴侶動物の増加によって小動物臨床の需要は益々増え、さらに野生動物の保護が強く訴えられている中で獣医繁殖学の果たすべき役割が増加してきているのは疑いない。こうした背景の中で、最新の生殖科学と獣医繁殖技術を盛り込んだ教科書として「獣医繁殖学」が1995年に刊行された。本書はその改訂版であるが、一見するとそれほど大きな改訂はなされていないような印象を受ける。それは、初版がいかに完璧に近い物であったかを意味しているのであろう。


 本書では、「生殖器の構造と機能」ならびに生殖機能制御の中心をなす「内分泌」の解説から始まり、その後、「雌の繁殖生理」、「雄の繁殖生理」、「交配・受精・着床」、「妊娠と分娩」という繁殖学の基礎について多くの図表を用い分かりやすく解説されている。図表を数多く用いることにより、はじめて繁殖学を学習する学生にとって時に難解で興味を失いがちな基礎的ことがらの理解を容易にするに違いない。第7章では、人為的な生殖制御について「生殖工学」というタイトルで、人工授精、発情の同期化、胚移植、体外受精、(クローニングを含むその他の)胚操作技術、遺伝子組換え動物、避妊という節に分け詳細に解説されている。この「胚移植」、「体外受精」、「胚操作技術」、そして本改訂版で新たに加えられた「遺伝子組換え動物」の節は、繁殖技術としてだけではなく様々な分野で応用されている技術であり、最新の技術をこれからの獣医になる学生に学んで欲しいという編集者らの意図を強く感じる。続いて「雌の繁殖障害」、「妊娠期の異常」、「周産期の異常」と3章にわたり、雌の様々な繁殖異常について、これも多くの超音波画像や図表によって明快に解説されており、大動物あるいは犬、猫に触れる機会の少ない学生にとっても理解しやすいよう工夫されている。しかし、実際の処置の仕方について、図による詳細な説明が時として省かれている項目があるのは、姉妹書となる「獣医繁殖学実習マニュアル」にその役割をゆずっているせいかと思われる。獣医学生以外の一般の人をも対象とする教科書をイメージして、図版入りの説明を期待して読み進んだためか、少し残念であった。第11章では、「泌乳、乳房の疾患」について乳房の構造から生理、そして乳房炎の病態、診断、治療、予防を詳細に解説している。乳房炎は、酪農家にとって最も問題の多い疾病であることから、より多くの頁を割いてより詳細な解説がなされてもよかったかと思う。続く第12章では「雄の繁殖障害」について原因、病態、診断、治療、予後について産業動物のみならず犬、猫についても簡潔に解説されている。最後の章「野生動物の繁殖」では、カモシカ、シカ、クマ、サル類についてそれぞれの専門家がその生殖特性を簡潔に解説している。講義で使われる「教科書」を意識して編集されたと思われる本書の中で、一見重要そうでない「野生動物の繁殖」について貴重な紙面をあえて割いたのは、これからの獣医師に野生動物への興味を喚起し、広い視野を持った獣医師に育って欲しいという編集者らの意図ではなかろうか。


 本書は、「獣医学生の用いる教科書」を念頭におき、一貫して平易な解説を目指して編集されており、さらに臨床講義で最も解説の難しい病態や治療法を極力図版を用いて明快に解説しようと試み成功している。しかし、先に述べたように姉妹書となる「獣医繁殖学実習マニュアル」に雄、雌それぞれの繁殖能力の検査法、繁殖障害の診断にいたるまでの検査法や処置法などの詳細をゆずっているため、簡潔で使いやすくはなった分、一般読者が具体的な技術を学んだり確認するためには物足りないことがあるかも知れない。


(奥田 潔)




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