![]() |
書評
生殖工学のための講座「卵子研究法」 鈴木秋悦・佐藤英明 共編 |
【JRD2001年6月号(Vol. 47, No. 3)掲載】
これまで哺乳類の発生工学および生殖工学のプロトコール集は、マウスのものが中心であり、しかもトランスジェニックマウスやノックアウトマウス作製などの遺伝子操作に関わる実験手技に多くのページが割かれていた。しかし、哺乳類全般の多種多様な生殖工学領域を見渡してみると、研究上非常に重要であるにもかかわらず未だに英文のオリジナル論文を参照しなければならない技術も数多くある。特に生殖工学技術には、論文には書ききれていない重要なコツが結果を左右することがしばしばあり、それがこの分野では特定の専門家が生まれやすい、という事情につながっているようである。幸い、生殖工学のほぼ全域にわたって、日本人研究者が活躍している。そうなれば、これらの専門家に日本語でプロトコールを書いていただいて、それを本にすれば、そのままで生殖工学全般にわたるプロトコール集になる。本書はそのような意図が的確に反映されたものであると思う。
執筆陣は、共同執筆を入れて、90名にわたっている。ここで紹介できないのは残念であるが、農学系、理学系および医学系のその道の専門家たちである。これだけの数の一流の専門家による記述をたった二人でまとめ上げた編者の労力は並大抵のものではないと想像されるが、それらがバランス良く配置されている。このバランスの良さは、例えば動物は可能な限り、マウスから家畜、そしてヒトまで網羅していることにも現れているし、同じ事柄でも別の筆者を並べていることにも現れている(マウス胚凍結法)。
本書は「卵子研究法」と銘打っているが、もちろん、卵子だけを用いても卵子の研究はできない。まずは卵子の発育・成熟培養から、体外受精、胚培養などの一連の必須技術が解説されている。この卵子の培養法のトップに、これまでの類書には無かった、始原生殖細胞の培養法を挿入しているのは、幅広い読者層を意識したものであろう。もちろん、他章には、凍結保存、顕微授精、核移植、さらには卵子の分子生物学的および形態学的解析法などの応用まで広汎な研究領域とその技術も解説されている。これだけでは本書は単なるプロトコール集であるが、さらに、第一章に卵子研究法の歴史そして第二章には卵子の基礎知識(受精までを含む)が解説されており、教科書としての重要な役割も果たしている。特に第一章の歴史に関わる解説は、非常に簡潔に、しかも重要な事柄を漏らさずに記されている。近年の生殖工学技術の発展はスピードが早く、現在の中堅および若手研究者は、ここ数年の研究に目をうばわれ、その結果、やはりこの先数ヶ月あるいは数年後しか見えない、という視点にとらわれがちである。一度、いつの時代にどんな技術が開発されたのか、改めて目を通しておくことによって、自らの立つ位置というのも見直すのも良いことであろう。
おそらく総ページ数の関係のために、各項目は重要な部分だけの簡潔な記載になっているが、卵子に関わる研究のほぼすべての項目が網羅されているという点で、研究と知識の幅を広げるには、これまでにない最適な書であるといえよう。
(小倉淳郎)
This site has been maintained by the JSAR Public Affairs Committee.
Copyright 1999-2002 by the Japanese Society of Animal Reproduction