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食肉類の繁殖生物学に関するワークショップ

坪田敏男(岐阜大学農学部獣医学科)


【写真1】ジャイアントパンダ舎に隣接して建てられたパンダ・ハウス


【写真2】1999年8月に生まれた子パンダ“Hua Mei”

  2002年1月21日、サンディエゴ動物園内に新しく建てられたパンダ・ハウス(写真1)において「食肉類の繁殖生物学に関するワークショップ」が開かれた。参加者は、外部から10名、当動物園希少種繁殖センターの研究者が4名の14名にオブザーバー約10名が加わり、総勢20名程度のグループによるワークショップとなった。サンディエゴ動物園が主催し(スポンサーはプロ野球のサンディエゴ・パドレスのオーナーだとか)、日本からは私と東京都恩賜上野動物園の成島悦雄獣医師の2名が招待され参加した。本ワークショップは1997年についで2回目の開催となり、サンディエゴ動物園が中国から借り受けているジャイアントパンダの飼育下繁殖の成功を狙った企画である。前回のワークショップの後に、サンディエゴ動物園において人工授精によりアメリカ合衆国では初めてジャイアントパンダの飼育下繁殖に成功したという経緯がある(すでにこの子パンダ“Hua Mei”も2歳となり、もうすぐ中国に帰される:写真2)。従って、今回もこの春に来るであろう雌パンダ“Bhai Youn”の発情時に、自然交配か人工授精によって繁殖に成功させることを目的にして開かれたわけである。


 今回はとくにジャイアントパンダの生殖内分泌についての議論を深めるために、クマや食肉類の繁殖生理学者が3名招かれた。アメリカ合衆国からDr. Bill Lasley(カリフォルニア大学デーヴィス校)、カナダからDr. Bruce Murphy(モントリオール大学)が参加し、交配時期や妊娠診断などについて多くの有益なアドバイスを提供した。私の方からは同じ属(Genus)に属するニホンツキノワグマの繁殖生理について最近の知見を紹介させてもらい、着床遅延や偽妊娠などジャイアントパンダと共通する繁殖生理について議論が深められた。また、ジャイアントパンダを飼育している動物園関係者も招かれ、実際の飼育や繁殖について経験に裏打ちされた提案が出された。例えば、合衆国内ではアトランタ動物園、メキシコからメキシコ市動物園協会、日本から東京都恩賜上野動物園、イギリスからロンドン動物園(現在はジャイアントパンダを飼育していない)などから参加がみられた。1日だけのワークショップであったが、最新の情報とこれまで蓄積してきた知見を総合して、次に何をしたらいいのか、あるいは何をするべきなのかを話し合った。

 ワークショップの焦点は明瞭に次の3点にあった。1つ目はジャイアントパンダは自然排卵なのか、あるいは交尾排卵なのかという点である。一般的にクマ類は交尾排卵とされているが、未だ決定的な証拠は示されていない。ジャイアントパンダについては、交尾をしなくても発情時に尿中エストロジェン濃度が上昇し、その後ある時点で突然下降したことにより、自然排卵説が有力となっている。しかしながら、この際排卵をしたという証拠は今だに示されていないので交尾排卵の可能性も残されている。我々の研究では、クマは基本的には交尾排卵であるが、雄との接触(交尾はない)だけでも排卵が起こったことが示唆されており、ネコのような不確かさを残した交尾排卵動物と考えており、ジャイアントパンダにもこれがあてはまるのではないかと推測している。2つ目は、着床遅延についてその期間と調節メカニズムについて議論された。クマ類や他の着床遅延を示す食肉類と同様に末梢血中あるいは尿中プロジェスティン濃度の変化がその生理状態を表していることが確認された。すなわち、着床遅延期間中は比較的低いレベルでプロジェスティン値が維持されているのに対して、着床直後に顕著に増加する。また、この着床を誘発する因子としてプロラクチンが有力であることが認められた。これまでの結果より、ジャイアントパンダの平均妊娠期間は135日であり、そのうちの50〜60日が実際の胎子発育期間であると推測された。3点目は、偽妊娠の存在である。昨年のサンディエゴ動物園の1頭やメキシコ動物園の3頭がすべて偽妊娠だった可能性が示された。しかしながら、すべて人工授精を行っており、妊娠途中での胚あるいは胎子の死という可能性も残されていることが示された。その確認方法としては、妊娠中に胎子から排出される分泌物(タンパク質や血液)などを捉えるか、超音波画象診断によって胎子像を捉えることを今後検討していくことでまとめられた。

 最後に私の感想を述べるなら、このように一つの動物種を対象にその繁殖を成功させるために世界から専門家を招いてワークショップを開く予算面での基盤の強さもさることながら、一つの目標を達成させるために皆が知識や知恵を出しあい、協力を惜しまない姿勢はすばらしいものと感嘆した。ジャイアントパンダの人工繁殖に向けた取り組みは今だ緒についたばかりであるが、今後サンディエゴ動物園を中心とした協力体制がさらに整えばより効率良く進められることと思う。ただ一つ気になったのは、ジャイアントパンダの生息する中国からの参加が今回はなかったことである(前回は2人が参加した)。中国では、すでに自然交配と人工授精を組み合わせた飼育下繁殖の成功率を50%以上にまで伸ばしてきているだけに、中国からの経験と研究に基づいた意見も欲しいところである。世界の研究者が絶滅に向かわんとしている1つの動物種を救うために、協働体制を築くことが何よりも大事なことだと思う。

2002年1月22日 サンディエゴ動物園にて



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