研究室紹介

京都大学大学院医学研究科
先端領域融合医学研究機構

篠原 隆司


【JRD2004年2月号(vol.50, No.1)掲載】


■はじめに

 京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構は平成14年度科学技術振興調整費で作られたプロジェクトです。若手人材育成という目的のもと、三十歳台の助教授が約22名、それぞれ助手1名の小さなグループとして独立して研究できるというもので、これまでの講座制を破ってできた新しいシステムです。プロジェクトが存続する期間は四年間ですから、決して長いものとは言えません。また身分も非常勤になりますから、通常の助教授・助手のような待遇を受けられないこともあります。しかしながら、短い期間とはいえ、若いときに自由に自分の裁量で研究できる環境にいるというのは研究者にとっては非常に大きなチャンスです。自分はもともと医学部出身で他の学部の状況を知りませんが、一般に大抵の医学系の研究室では教授が中心にいて、助教授や助手が別の仕事をするというのはなかなか難しいのが現状です。したがって若い研究者の研究テーマはかなりの部分、教授の裁量にかかっています。そういう意味で、この研究機構は若い人が自分の好きなテーマで存分に研究をさせるという点でユニークなもので、今回我々がそのメリットを十分に生かし十分な成果をあげることができるか否かが今後急増する若手研究者の未来にも影響を及ぼすと言われる程です。

 このプロジェクトでは半分のグループが京都大学医学研究科の既存の研究室にバラバラに属して研究し、残りの約半分の12グループの研究者はオープンラボと言われる一つの建物に集まって研究しています(図1)。大正時代の古い建物を科学技術振興調整費で大改修して、研究室にしたものです。ここに来ている人の背景はさまざまで留学から戻ってきたばかりという人もいれば、自分のように他所から転がり込んできた人もいます。また先端融合という名前の通り、出身学部は医学部、理学部、工学部などにわたり、ナノテクをやっている人もいれば、線虫やゼブラフィッシュをやっている人もいます。こうした分野の人が医学部にいるというのはこれまでなかったことじゃないかと思いますが、わいわいがやがやと違う分野の人たちと交じり合って研究するというのは自分の研究者人生でも二度とないでしょうし、この機構の特徴かと思います。これだけ異分野の人達をまとめるのは大抵の人には難しいことですが、統括責任者として東大医科研で長く活躍してこられた上代淑人先生を迎え、独立したての我々は、上代先生よりオチョアと研究していた頃からのいろいろな昔話やアドバイスを頂きつつ日々の研究を行っています。

図1


■研究内容

 自分のグループはこの中「生殖ブループ」という名称で、妻の篠原美都特任助手、技術補佐員の橋野草さんと共に3人で実験しています。簡単に自己紹介させて頂きますと、自分は京大医学部の本庶佑先生のもとで免疫学を学んだ後、1996年よりペンシルバニア大学のR. L. Brinster博士のもとに留学し、精子幹細胞の研究をはじめて生殖の分野へと転向しました。転向した理由というのは、生殖細胞というのは1)single cellであるために血液や免疫学の概念や手法を簡単に応用しやすい、2)遺伝という生物学的に重要な現象を担う細胞であるにも関わらずあまりよく分かっていない、3)研究人口が少ない(免疫や血液に比べると少ないという意味ですが)という点でこっちの方が面白そうだと思い生殖の研究を始めました。妻の美都はもともとは京大の西川伸一先生の下でEpiblastからの造血に関する研究を行った後、ペンシルバニア大学のR. M. Schultz博士のもとで卵のmeiotic maturationの研究を行っていました。

 私達の現在の研究テーマは「精子幹細胞を用いた生殖工学技術の開発」です。精子幹細胞は生体の中で個体の遺伝情報を子孫に伝えることのできる唯一の幹細胞で、私達の研究テーマはこの細胞をES細胞のかわりに用い生殖工学をしようというものであります。現在マウスでは個体の遺伝子操作が自由にできますが、それ以外の種では極めて効率が悪いか不可能です。我々はこの部分を精子幹細胞を使えば解決できるのではと考えています。つい最近我々は、マウスの精子幹細胞の長期培養に成功し、この細胞をGermline Stem (GS) 細胞と名付けました。この細胞はES細胞とは異なる形態を示しており(図2)、腫瘍性も持たず、6ヶ月以上の長期にわたり幹細胞としての活性を保ったままログスケールで増殖します。また更には、この培養細胞を先天不妊マウスの精巣に移植すると培養細胞由来の子供を作ることから、試験管内では幹細胞として増殖しつつ、生体の環境に戻してやると分化して正常の精子を産生することも分かりました。

図2

 生殖細胞になることができるES細胞はまだマウスのみでしか得られていません。我々のGS細胞はES細胞と異なり、生後の個体からも樹立できる点、既に生殖系列にcommitしている点などを考えると、生殖細胞操作に新しい可能性をもたらすもので、現在我々はこの幹細胞の遺伝子操作を行うと共に、マウス以外の種からのGS細胞の樹立を試みています。もしマウス以外の種の精子幹細胞を自由に扱えるようになれば、新しいトランスジェニック動物の作成やヒトの不妊治療などにも役立つ可能性が出来てきます。この先端領域融合医学研究機構にいる間に、是非これらの研究を発展させていければと考えています。


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