施設紹介

理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
ゲノム・リプログラミング研究チーム

若山照彦

【JRD2003年6月号(Vol. 49, No. 3)掲載】


右から理研CDB、先端医療センター、臨床研究情報センター
右から理研CDB、先端医療センター、臨床研究情報センター

(1)はじめに
 今から約20年前、兵庫県神戸市に作られた人工島ポートアイランドがいま活性化され始めている。神戸市が政府からの大型支援を受けて始めた神戸市医療産業都市構想により、それまでは広々とした何もない敷地に幾つものビルが建設され始めたのだ。21世紀の医療開発には、産官学にまたがる幅広い研究連携と知的クラスター形成が重要と考え、その拠点にここポートアイランドが選ばれたのである。私の属する研究所(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター、Center for Developmental Biology:理研CDB)も昨年12月に完成したばかりである。理研CDBは2000年に政府のミレニアムプロジェクトの一環として発足したものだが、同時に神戸市医療産業都市構想の主要な研究機関の1つでもあり、最先端の医療技術を開発し応用を試みる先端医療センターや臨床研究情報センターと隣接して立地されている。理研CDBは基礎研究だけでなく臨床への応用にまで成果を期待されている総合研究所なのである。本稿では私自身が理研CDBの全体を把握していないこともあり、簡単に本研究所の紹介と私の研究室について紹介する。
 
(2)発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)
 理化学研究所(理研)は大正6年に創設され、RIKENという英語名で物理学から生物学や医学分野まで幅広い研究を行う日本を代表する自然科学の総合研究所として知られている。研究所は和光やつくば(小倉先生の項参照)をはじめ日本各地にいくつかあり、今回神戸に、発生生物学を中核とし医療への応用性を開発する研究所として新たに作られたのが理研CDBである。

かつて発生生物学は「発生のメカニズムの研究」という基礎研究に属する学問だった。しかし、体の形成と維持という、生物存在の最も基本的な部分にかかわるこの学問は、その進展とともに応用分野に対して大きな影響力を持つようになってきた。とりわけ最近注目されているのが再生医療の分野であり、ES細胞やその他の幹細胞の分離が成功したことなどを契機に、損傷を受けた組織の再生さえも実現性を帯びてきた。そのような再生技術が完成すれば、医療や福祉の分野に大きく貢献するものと期待されている。そこで理研CDBでは「発生の仕組みの解明」、「再生の仕組みの解明」、「再生医療への応用に向けた学術基盤の確立」という3領域を設定し、古典的発生学、分子細胞生物学、進化生物学、機能的ゲノミクスなどの基礎的発生学分野および幹細胞や再生医療の分野の研究者を国内外から集めてスタートした。各研究室はそれぞれ適した領域に振り分けられているが、独立性が尊重されており、研究者の独創性、創造性が重視されている。このように自由な発想のもと、発生生物学における基礎研究と医学分野の研究を、同一の研究所内で行う点が本センターの大きな特徴となっている。

また各研究室の規模は、理研CDBの中核となる7つの研究室(グループと呼ぶ)と、私の属する創造的研究を担当する20の研究室(チームと呼ぶ)、および先端技術支援・開発を担当する2チームの合計29研究室(うち2つは2003年度就任予定)から成り立っている。各グループは20名前後の規模だが、各チームはチームリーダーと2-3人の研究員、1-2人のテクニカルスタッフという比較的小規模な構成となっている。

各研究室の独創性、創造性を重視した結果、理研CDBでは実にさまざまな研究が行われている。研究対象動物は分裂酵母、線虫、ショウジョウバエ、プラナリア、ヤツメウナギ、ゼブラフィッシュ、カメ、ニワトリ、マウス、およびサルが用いられ、研究テーマも生殖細胞の形成から受精、細胞分化、細胞の高次構造、形態形成、ゲノムのエピジェネティクスや生物進化の研究などである。さらに幹細胞の基礎研究と医療への応用といった発生学と再生学をあわせた研究を行っている研究室もある。しかし分子レベルで見れば同じ発生学の分野の研究室ばかり集まっており、毎週10回以上開かれるさまざまなセミナーはすべて英語で行われるのにもかかわらず、いつも多くの参加者でにぎわっている。残念ながら私が開催した繁殖がテーマのセミナーにはほとんど参加してもらえなかったが。

マイクロマニピュレーターで実験する研究員たち
マイクロマニピュレーターで実験する研究員たち

(3)ゲノム・リプログラミング研究チーム
 さて私の研究室について簡単に紹介しよう。これまで理研CDBがどんな研究所か簡単に紹介したが、多少私のチームは他のチームと毛色が異なっている。私の研究室は卵子や精子を材料にして、ICSIや体細胞クローン技術などありとあらゆる方法を用いて「生きた仔を作り出す」というのが目的であるのに対して、他の研究室は分子生物学の手法を駆使して発生の仕組みを解き明かすことが目的となっている。この違いは私が理研CDB内で唯一の農学部出身であり、他のチームリーダーは理学部や医学部出身であることと関係しているのかもしれない。繁殖学を専攻した私には、子孫が作れるかどうかが一番関心あることなので、そのため各チームの独創性を重視している理研CDB内でも、私のチームはとくに変わった存在となっている。

私の研究室は、チーム名が「ゲノム・リプログラミング」となっているが、これは理研CDBが英語版パンフレットを作成するときに、それに適した名前としてつけたものである。だから英語名が先に決まり、日本語名はわかりやすい漢字の名前にしようと思っていたのだが(たとえば胚操作研究室とか)、いつの間にか英語名をそのままカタカナに直した名前になってしまった。電話で自分の研究室名を言うたびに舌をかみそうになるので、ちょっと失敗したかなと思っている。

研究テーマは大きく分けて2つあり、1つが当研究室の売り物でもある核移植技術を用いた体細胞の初期化機構の解明である。しかし実際にはメカニズムを明らかにするよりも先に、クローンマウスの成功率を上げることを目指している。成功率が改善されることによって、やがてメカニズムなども理解されるようになると考えているからである。そのため核移植技術そのものの改善や初期化を促進させそうな(気がする)方法を片っ端から試し始めているが、いまのところ何も成果は上がっていない。何か新しい試みをするたびにクローン産子の成績は下がる一方である。また同時に核移植によって体細胞由来のES細胞を作ることも行っている。再生医療という点では免疫拒絶反応のない自分自身のES細胞が作れるという利点があり、理研CDBとしてもこっちのテーマのほうをやってもらいたがっているふしがある。一方このES細胞の樹立成績はクローン産子の成功率よりも高いことから、その違いなどが初期化の研究にとって有効であることや、有限だったドナー細胞を無限に増やせる方法として利点がある。現在この体細胞由来ES細胞の樹立成績の比較やこの細胞を使ってのクローンマウスの作成、受精卵由来ES細胞との違いなどを調べている。

もうひとつのテーマは卵子と精子に関するもので、私が留学していたハワイ大の柳町隆造先生の下で学んだ技術をフルに活用したテーマである。たとえば精子の室温保存法として私たちが開発したフリーズドライ法では、すべての精子は死んでしまうが1ヶ月間室温で保存してもICSIすれば子供にすることができる。なぜ1ヶ月でだめになるのか、より長期間保存するためにはどうしたらいいのか、さらにはフリーズドライ精子に水を加えた後、生き返らせることは可能かどうかなどを試みている。またこういったダメージを受けた精子の受精、発生能なども調べている。

研究室のメンバーは、精子の前核形成に関して調べてもらっている岸上哲士、精子の保存法を開発してもらっているベトナム人のNguyen Van Thuan(トンさん)、精子発生を研究している大田浩の3研究員と、他に予備実験やレシピエントマウス作り、研究室の予算管理だけでなく私の家の財政までを厳密に管理しているテクニカルスタッフの若山清香(私の妻でもある)、そして事務全般の橘佳奈さんと私の合計6名である。いまのところ研究室のメインテーマである核の初期化に関して研究しているのは私一人であるが、これは私以外全員がマイクロマニピュレーターの経験が無く、最初の実験には技術が習得しやすいICSI関連のテーマを選んだからである。徐々に全員がクローンマウスのエキスパートとなり、1日に一千個以上の核移植が出来るような研究室となり、核の初期化に関する新たな発見をしてくれることを期待している。昨年6月にたった一人で机しかない状態から始めた私の研究室だが、強力なメンバーに恵まれたこともあり、すでに理研CDBボーリング大会で優勝するなどの成果も出始めている。これからが非常に楽しみである。


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