メダカの性決定遺伝子

長濱嘉孝
(岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所・生殖研究部門)


JRD2002年10月号(Vol. 48, No. 5)掲載



 脊椎動物の性は、受精時における性染色体の組み合わせにより遺伝的に決定されるのが普通である。しかし、遺伝的な性決定機構の中にも、哺乳類でみられる雄へテロ(XY型)や鳥類の雌へテロ(ZW型)の場合などがある。また、多くの爬虫類や一部の魚類のように、温度や水温などの環境要因が性の決定に重要な影響を与える場合も少なくない。さらに、熱帯の珊瑚礁に棲むある種の魚の中には社会構造の変化によって、性転換を行うものもいる。従って、脊椎動物における性決定の仕組みは非常に多様性に富んでいるといえる。



■哺乳類の性決定遺伝子


 遺伝的に性が決まる場合には、性染色体上に性を決める遺伝子(性決定遺伝子)が存在し、その遺伝子の働きで性が決まり、それに従って生殖腺や脳が性分化を起こす。脊椎動物の性決定遺伝子を探索する研究は、古くから特にヒトを対象としてなされ、1980年代には幾つかの候補遺伝子が報告されたが、いずれも決定的な証拠に乏しく最終的には否定されてしまった。そのような状況下、1990年にイギリスのSinclairらによってヒトの性決定遺伝子が発見され、Y染色体にある性決定領域という意味からSRYSex-determining Region on the Y chromosome)と命名された[1]。その後、SRY相同遺伝子はマウス(Sry)をはじめとして多くの哺乳類でも見つかり、現在では(SRY/Sry)は多くの哺乳類で共通の性決定遺伝子であると考えられるようになった。また、SRY/Sryの上流や下流に働くいくつかの遺伝子やタンパク質が、特にマウスを中心として単離されてきた。しかし、それらがどのようなカスケードにより性的未分化生殖腺を精巣や卵巣に性分化させるのかは現在でも不明のまま残されている。



■哺乳類以外の脊椎動物の性決定遺伝子


 前述したように、一部の爬虫類や魚類では環境要因が性決定に深く関わっている。しかし、哺乳類以外の脊椎動物の性も、基本的には哺乳類と同じように受精時に染色体の組み合わせによって決定されるといってよい。SRYが報告されて直ぐに、哺乳類以外の脊椎動物においても、その相同遺伝子を探す研究が活発になされた。しかし、どの動物でもそのような遺伝子は存在しないことが分かり、新しい性決定遺伝子を探す研究がいろいろな動物種でますます活発になされるようになった。


 性決定遺伝子を同定するために用いられる方法は、染色体の位置情報をもとに対象となる遺伝子をクローニングするポジショナルクローニング法がもっとも効率的であり、ヒトの性決定遺伝子を同定するにあたってもこの方法が用いられた。しかし、このような方法を用いることができる動物種はきわめて限定される。まず、性決定遺伝子をこの方法で単離するためには、性に連鎖したマーカーの単離と、大きなインサートサイズをもつゲノムライブラリーが必要である。この点メダカ(Oryzias latipes)では、遺伝的背景の異なる近交系間の交配ができるため、一つの系統の遺伝的背景にもう一方の系統のY染色体を持つYコンジェニックメダカを作出することが可能である。このYコンジェニック個体を利用することで、性に連鎖したDNAマーカーを効率良く単離することができる。その上で、このコンジェニックメダカのゲノムから細菌人工染色体(BAC)ライブラリーを構築することができれば、BACクローンのコンティグ作成時にX染色体とY染色体とのコンティグを容易に区別することができるようになるわけである。



■性決定遺伝子DMYのポジショナルクローニング


 まず我々は、近交系メダカのHd-rR系統の雌とHNI系統の雄との間で戻し交配を繰り返すことにとり、ゲノムの性決定遺伝子の周辺のみがHNI系統由来、その他の部分はHd-rR由来であるコンジェニック系統を作出することができた。さらに、この系統のメダカのBACゲノムライブラリーを構築した[2]。次いで、組換え個体を用いた連鎖解析から得られた性決定遺伝子近傍のDNAマーカーをランドマークとして染色体歩行を行うことにより、Y染色体上の性決定領域を2つのBAC末端配列マーカーで挟む530 kbに絞り込むことに成功した。また、この性決定領域が4つのBACクローンでカバーされることも示した。一方、このBACクローンの一つをプローブとして行った染色体中期像に対するFISH解析から、性決定領域は次中部動原体型染色体の長腕中央部より動原体寄りに位置していることが明らかになった。


 このようにして、Y染色体上における性決定遺伝子の位置が明確になったので、次のステップとしてショットガンシーケンス法を用いてこの領域の全塩基配列を決めることにした。その結果、一部の反復配列を除く全体の約80%を超える領域の塩基配列が決定された。次に、得られた配列についてgenscan解析を行い、この領域に52個の遺伝子を予測することができた。性決定領域をさらに狭める目的で、Y染色体を持つ雌メダカを探したところ、上記性決定領域の一部(約250 kb)を欠損する雌個体を見つけた。この欠損領域には27個の遺伝子が予測された。それらの各々について性分化期胚での発現をRT-PCRにより詳しく解析することにより、3つの遺伝子のみがこの時期に発現していることが明らかになった。さらにそのうちの一個だけがY染色体特異的であったのである。最後に残ったこの遺伝子の構造を詳しく解析したところ、驚いたことにショウジョウバエのdoublesexと線虫のmab-3に共通のDMドメインを持つ遺伝子であった。そこで、この遺伝子をDMY(DM domain gene on the Y chromosome)と名付けた。DMYは遺伝的雄(XY)個体のみに存在しており、孵化前後の雄生殖腺の体細胞(セルトリ細胞)に特異的に発現していた。この段階でDMYはメダカの性決定遺伝子の最有力候補であると考えられた。



DMYの突然変異体


 DMYがメダカの性決定遺伝子であることの確固とした証拠を得るためにDMYの突然変異体を探すことにした。DMYがY染色体特異的に存在していることから、これをマーカーに用いてメダカ野生集団をスクリーニングしたところ、福井県芦原町産と新潟県白根市産の野生メダカより、DMYをゲノムに持つにも関わらず、表現型が雌である個体をそれぞれ1個体ずつ発見した。このうち、芦原産の突然変異体では、DMYのエクソン部分に1塩基の挿入があり、不完全なDMYタンパク質がつくられていると推察された。性転換させたXX雄への交配実験を行った結果、その子孫の全てが雌となった。一方、白根産の突然変異体では、エクソン部分の塩基配列には変異はなかったが、性分化時期にDMYのmRNAの発現量が少ないこと、その子孫で雌の割合が高いことがわかった。このようにして、メダカの性決定遺伝子は、ヒトを含む幅広い動物種で性分化に関わりがあると考えられているDMドメインを持つ遺伝子であることが明らかとなったのである[3]


 DMYはY染色体にあり、この遺伝子に変異が起こることにより機能が破壊されればXY個体でも機能的な卵巣をもつ雌となる。従って、DMYは精巣の形成には必要な遺伝子であり、哺乳類の性決定遺伝子SRY/Sryとは、構造は異なるとはいえ、機能的には非常に似た遺伝子であるといえる。しかし、DMYがメダカの性決定遺伝子であると最終的に同定されるためには、gain of function の実験、すなわち遺伝的雌(XX)個体の受精卵にDMYを遺伝子導入させたトランスジェニック個体が精巣を持ち、機能的な雄に性転換することを確かめなければならない。現在、その研究が進行中であるので、近い将来結論がでるものと期待している。



DMYの特異性と発現機構


 DMYは哺乳類のSRY/Sryに次いで発見された脊椎動物で二番目の性決定遺伝子である。SRY/Sryが多くの哺乳類で共通であるならば、同様にDMYは多くの魚類で共通の性決定遺伝子なのであろうか。どうもそうではないようである。ここでは詳しく述べなかったが、DMY遺伝子の構造は、すでに幾つかの動物種でクローニングされているDMRT1遺伝子と非常によく似ていて、我々もDMRT1の重複化によって生じたのではないかと考えている。魚類でも、DMRT1は精巣に強い発現がみられることから精巣の形成、維持に重要な働きをもつ遺伝子であると推察されている。ティラピア、ゼブラフィッシュ、フグなどこれまでに調べられた魚類のゲノムには、DMRT1遺伝子は存在するが、それによく似たDMYはなさそうである。一方、ほとんどのメダカ属のゲノムには確かにDMRT1DMYはともに存在する。もし、DMYがある種のメダカ属にのみ限定される性決定遺伝子とすると、サケやキンギョなどメダカと同じく遺伝的に(XY型)性が決まると考えられている他の魚類は、それぞれ異なる性決定遺伝子をもつことになるのであろうか。また、カエル(両生類)、カメ(爬虫類)、ニワトリ(鳥類)などではどうなのか、興味深い。これらの動物では、共通して、精巣の形成・維持にDMRT1遺伝子が重要な働きをしていることが示唆されているし、また、卵巣の形成・維持にはエストロゲン/エストロゲン受容体系が不可欠であることが実験的にもはっきりと示されている。従って、精巣分化のカスケードと卵巣分化のカスケードの少なくても一部はこれらの動物間で共通であると考えるのが一般的である。そうすると、性決定遺伝子の主たる役割はこれらのカスケードを最上位でオン、オフすることにより生殖腺の性分化を制御している可能性が考えられる。もしそうなら、これらのカスケードに位置するある特定の遺伝子が、進化の過程で重複化を起こし、性染色体上の性決定遺伝子として機能するようになったことも考えられる。DMYはまさにこの例なのかもしれない。


 DMYはメダカの発生過程で性分化が起こる孵化前後の遺伝的雄(XY)個体の精巣で強く発現し、その後に弱まる。生殖細胞では反応がみられず、その周りを取り囲む体細胞(セルトリ細胞)で強い発現が認められる。従って、DMYはセルトリ細胞で発現して、精巣分化遺伝子カスケードをオンにする働きがあるものと推察される。哺乳類でもSRY/Sryは精巣の分化に先立ち、セルトリ細胞で一過性に発現することがわかっている。またメダカで、前述したDMRT1遺伝子もDMYとは少し遅れて同じセルトリ細胞で発現する(松田、小林、長濱、未発表)。従って、セルトリ細胞におけるDMY遺伝子とDMRT1遺伝子との関連が非常に興味あるところである。DMYの下流遺伝子とDMRT1の上流遺伝子を探索することにより、精巣分化に果たす両者の関係が明らかにできるかも知れない。またティラピアでは、卵巣分化にエストロゲンが不可欠であることが明らかにされているが、精巣分化とアンドロゲンとの関係は定かではなく、むしろ、否定的である。これら性に依存する性ホルモン合成のオン、オフにもDMYがどのように関わっているのかも興味深い。



■あとがき


 メダカの性決定遺伝子がDMYと特定されたことで、哺乳類のSRY/Sryとあわせ、脊椎動物で二つの性決定遺伝子が明らかになった。これら二つの遺伝子はいずれもY染色体にあって、精巣の分化に決定的な役割を果たす。しかし、両遺伝子の構造には相同性はまったく認められないところが重要なポイントである。一方、精巣と卵巣の分化に関わると考えられる遺伝子には脊椎動物の種を超えて共通なものがいくつも明らかになっている。魚類でも、精巣分化にはDMRT1、卵巣分化にはエストロゲン/エストロゲン受容体系が中心的役割を果たすことがわかっている。今後さらに、DMYDMRT1との関連、DMRT1の標的遺伝子、エストロゲン合成系遺伝子の発現制御機構、さらにはエストロゲン標的遺伝子を探索することにより、ヒトを含む脊椎動物の性決定及び生殖腺の性分化の機構についての研究にいくらかでも貢献できればと考えている。


 ここで述べた研究は、基礎生物学研究所生殖研究部門の松田勝博士を中心として、新潟大学の酒泉満、濱口哲教授、慶応大学の清水信義教授、浅川修一博士、名古屋大学の堀寛教授、信州大学の柴田直樹博士らとの共同研究である。



文 献


[1] Sinclair, A.H. et al. (1990). Nature 346, 240-244.
[2] Matsuda, M. et al. (2001). Genes Genet. Syst. 76, 61-63.
[3] Matsuda, M. et al. (2002). Nature 417, 559-563.


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