特集

生殖研究モデルラット

疾患モデルラットホームページ掲載系統から


JRD2002年4月号(Vol. 48, No. 2)掲載




疾患モデルラットのホームページと国際ラット遺伝システムワークショップ

芹川 忠夫
京都大学大学院 医学研究科 附属動物実験施設


はじめに

 ヒトそして他の実験生物に加えて、ラットのゲノム解読が進められている。早ければ、年内にドラフトシークエンスが公開されるという見通しである。ラットは、ヒトと同じ哺乳動物であること、遺伝学的基盤の上で実験研究ができること、マウスに比べると約10倍という適当な大きさをもつこと、学習能力がマウスより高いことなどから、医学、薬学、生物学、心理学等の分野で多用されてきた。その結果、このモデル系においては、基礎データと実験データが豊富に蓄積されている。個々の生物種において得られた個体レベルの表現型情報が遺伝子と関連付けられると、共通祖先からそれぞれの生物種に引き継がれてきた真正相同遺伝子オーソログを介して、他の生物種にその遺伝子機能情報を付加することができる。遺伝子ノックアウト生物の表現型解析は、この直接的な研究手法である。自然発症ミュータント、人工的誘発ミュータント、さらには育種開発された疾患モデルについてもポジショナルクローニングあるいはポジショナル候補遺伝子探索法により、表現型(疾患)を逆の方向から遺伝子に結びつけることができる。ゲノム解読情報と遺伝解析ツールの整備は、主たる原因遺伝子のみならず修飾遺伝子の同定をも可能にするであろう。そこで、今、古くて新しいテーマである「疾患モデルラットの開発」が見直されるようになったのである。


疾患モデルラットのホームページの紹介

 疾患モデルラットについては、高血圧自然発症ラットSHRを筆頭に、日本の研究者のオリジナルな研究指向によって、先導的に開発されてきた。通常ヒト疾患を念頭においているのではあるが、原因遺伝子がオーソログあるいはその関連遺伝子によるもので、疾患(病態)がヒトと酷似していることがモデルとして理想的である。このホームページhttp://www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/model/には「日本で維持されている自然発症疾患モデルラットの一覧」という表題で、自然発症のミュータントを含め育種開発された疾患モデルを主に掲載している。トランスジェニックラットについても、開発が進められているので、これらについては別途纏める予定である。ラット系統は、「系統別分類」と「疾患別分類」の2つの分類から索引できる。ラット系統数は、現在113系統であり70系統については、キーワード、由来、表現型・病態、病因(原因遺伝子)、臨床への応用・有用性、維持機関、文献からなる紹介記事が掲載されている。他の系統紹介についても逐次追加することにしている。疾患別分類においては、1.肥満・糖尿病・高脂血症、2.高血圧・循環器疾患、3.脳神経系疾患、4.がん・腫瘍、5.代謝・内分泌、6.骨形態異常、7.眼疾患、8.腎疾患、9.消化器疾患、10.歯科疾患、11.皮膚疾患、12.免疫・アレルギー疾患、13.消化器疾患、14.血液疾患、15.学習、16.生理、と多岐にわたっている。詳細は、直接ホームページからご覧頂きたい。

 私達のグループでは、ミュータントを含む病態モデルラットの発掘、開発から病態発症原因遺伝子の同定までを総合的に行い、ヒト疾患の病態解明、創薬・治療法・予防法の開発に貢献しようと研究プロジェクトを進めており、我が国で維持されている貴重な自然発症疾患モデルラットが広く活用されることを希望している。JRDの各位には、掲載されていない疾患モデルラット系統の紹介や掲載されている系統に関する新知見、あるいは紹介文の追加・訂正などがあれば、serikawa@scl.kyoto-u.ac.jpに、是非ご連絡頂きたい。

 個々の系統紹介は、下記の執筆者によっている。安藤洋介(三共(株))、池田克巳(武庫川女子大学)、石橋光太郎(第一製薬(株))、石井寿幸(東京大学)、織田銑一(名古屋大学)、北田一博(北海道大学)、庫本高志(国立がんセンター研究所)、国枝哲夫(岡山大学)、桑村充(大阪府立大学)、近藤靖(田辺製薬(株))、佐々木敬幸((財) 動物繁殖研究所)、篠原光子(大阪歯科大学)、朱宮正剛(東京都老人総合研究所)、鈴木浩悦(日本獣医畜産大学)、芹川忠夫(京都大学)、竹野友理子(岡山大学)、友廣雅之(国立精神・神経センター神経研究所)、中根良文(京都大学)、野口純子((独)農業生物資源研究所)、浜田修一(エスエス製薬(株))東監(産業医科大学)、牧野順四郎(筑波大学)、松本清司(信州大学)、森政之(信州大学)、横井伯英(千葉大学)、若藤靖匡((株) ライサ)。


第14回国際ラット遺伝子システムワークショプ

 1977年より、アメリカ、ドイツ、イギリス、カナダ、オランダ、フィージー、チェコ、スウエーデン等において実験生物としてのラットの国際会議が開催されてきた。このラットに関する国際会議の開催は、国際ラットゲノム・ラット命名規約委員会(RGNC)が主導しているが、その12名の委員のうち日本からは4名が選出されている。これは、我が国がラットの遺伝学、疾患モデルの開発と応用研究において、先駆的な役割を演じてきたことを示している。ラットゲノムの解読計画に見通しが立ち、疾患モデルラットが活用できる状況になったことを受け、2000年6月にゲテブルグ(スウェーデン)で開催されたRGNC 総会で、疾患モデルラットの開発やラット遺伝子地図の開発などにおいて大きな役割を演じてきた日本、特に京都でのワークショップの開催が決定された。

 米国NIHは2001年2月末にラットゲノムシークエンスの強化策を発表した。その支援を受けた官民学共同体のラットゲノムシークエンスプロジェクトは、驚くべきスピードでゲノムシークエンスのデータを蓄積している。最新の情報によると、プロジェクトの達成目標期限である2003年3月を待つことなく、その概要が纏められる可能性がある。そこで、本国際会議においては、その代表者であるベイラー医科大学ヒトゲノムシークエンスセンターのRichard Gibbs所長を招いて、最新情報を報告して頂く。ラットは、古くから医薬品の開発や安全性評価試験に応用されてきたが、その全ゲノムシークエンス情報が得られると、ラットを使う医学薬学生物学における研究、検定に新しい展開がもたらされるであろう。この点については、米国FDA国立トキシコロジー研究センターのDaniel A. Casciano所長をお招きして、トキシコゲノミックスにおける最新の動向と展望について講演して頂く。また、ラットにおいては生理学的ゲノミックスを実践する研究システムがウインスコンシン医科大学を中心に構築されている。これは、食塩感受性の高血圧モデルラットであるSSという近交系ラットと対照系統としてのBNラットの間で各染色体の1つをそれぞれ置き換えたコンソミック系統のセットを作製して、それぞれのライン群ごとに生理学的特長を集積して、遺伝子情報、ゲノムシークエンス情報から個々の特性を最終的には遺伝子と結びつけようとするものである。そのリーダーであるHoward Jacob博士には、高血圧・心肺腎疾患をターゲットにしたこの新たな解析研究手法と得られた成果について紹介して頂く予定である。先に述べたように、ラットには、他にも糖尿病、自己免疫疾患、中枢機能障害、発がんなどの自然発症モデルあるいは実験誘発モデルが数多く開発されている。それらの疾患原因遺伝子や感受性遺伝子の同定は、ゲノムシークエンス情報、ヒトやマウスとの緻密な比較ゲノム情報、及びDNAチップを用いたラット遺伝子の網羅的な発現解析の応用などにより、メンデル遺伝に従う原因遺伝子にとどまらず、多因子疾患モデルに関わる原因遺伝子の全容や疾患の量的形質についても、具体的に遺伝子の塩基配列あるいは分子のレベルで明らかにすることが可能になる。疾患遺伝子の発見は新たな遺伝子機能の発見そのものであり、疾患の分子レベルでの解明をもたらす。これを起点として、関連するヒト疾患のさらなる分子的理解が深まり、新たな治療薬あるいは予防薬の開発が生まれる可能性がある。他に、トランスジェニックラットの開発利用、遺伝子ノックアウトラットの開発動向などについても最新の情報が集められる。また、膨大なゲノム情報、遺伝子機能情報、モデルラットに関する情報の管理と提供は、今後ますます重要になってくる。このラットに関するバイオインフォーマティックスについては、ウイスコンシン医科大学のPeter Tonellato博士によるサテライトシンポジウムを開催する。他に、トランスジェニックラットの開発利用、遺伝子ノックアウトラットの開発動向などについても最新の情報が集められる。JRD各位におかれても、ご興味のある方は、是非、ホームページhttp://www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/workshop2002/、をご覧くださり、参加をお願いしたい。


謝辞

 この疾患モデルラットのホームページの開設・維持については、平成9〜11年度文部省科学研究費補助金(基盤研究(B)「疾患モデルラットの原因遺伝子同定のためのゲノム解析システムの開発」)、(財)ヒューマンサイエンス振興財団の平成10〜12年度「創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業」における「疾患モデルラットの調査とラットゲノムの基盤研究によるヒトの疾患遺伝子の総合的探索研究」(研究代表者 芹川忠夫、京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設)の支援を受けた。




Hatanoラットの生殖研究への応用

太田 亮
財団法人 食品薬品安全センター 秦野研究所


はじめに

 ネズミの系統作りは、古くから行われてきた。ヒトと同じようにネズミにも個性があり、それらの多くは次の世代に遺伝すると考えられている。ネズミの系統作りはそのような観点から行われていると言ってよいだろう。特定の遺伝形質、例えば高血圧という特徴を持った系統(高血圧ラット)は、人の疾患モデルとして、医学、生理学、薬理学など多くの分野で利用され、役に立っている。もちろん、生殖研究の分野でも、様々なネズミの系統が利用されている。例えば、Wistar-Imamichiラットは、繁殖性に優れ、従順で、成熟した雌の全てが4日で発情を回帰するという特徴を持っていることから、生殖研究でも汎用されている。

 私たちは、シャトルボックスによる条件回避学習試験(音と光を提示した後に軽い電撃を与える操作を繰り返し、音と光のみで電撃を回避する行動を学習させる試験)の回避率を指標に、Sprague-Dawley (SD) 系ラットから2つの近交系(高回避系と低回避系)を分離して、Hatanoラットと命名した。両系統には、回避行動以外に、生殖を含むいくつかの生体機能に違いが認められ、それらのパラメーターは、系統内での変動幅が小さいこともわかった。そこで、Hatanoラットで認められる表現型としての系統差を、生理的あるいは遺伝的背景を対比させながら、生殖研究にも応用できないかと考え、ここに紹介することとした。


Hatanoラットの性周期

 Hatanoラットを分離したSD系ラットは、4ないし5日で発情を回帰する。Hatanoラットの性周期は、高回避系はほぼ全例が4日周期を示すのに対し、低回避系は5日周期あるいは不規則な性周期を示す。Hatanoラットの各性周期における血中ホルモン濃度を比較すると、高回避系は、発情前期のエストラジオール濃度および発情前期の午後にみられるLHサージのレベルが高くなっており、FSHサージについては明らかな差はみられなかった。一方、低回避系では性腺刺激ホルモンサージの際に認められるプロラクチンサージのレベルが高く、発情期および発情休止期のプロゲステロン濃度が高くなっていた。これらの結果は、Holtzman系ラットについて、血中ホルモン濃度を4日周期と5日周期を示すものの間で比較した成績とよく一致していた。この他、興味深いことにHatanoラットの排卵数を調べてみると、高回避系が平均16.0個に対し、低回避系は14.3個と少なかった。これらの値はSD系ラットでは正常な範囲であるが、近交系ラットであるHatanoラットでは個体間の変動が小さいため、僅かな差であるが系統差として捉えることができる。


Hatanoラットの性成熟

 Hatanoラットの春機発動時期を、雌では膣の開口を指標として、また、雄では陰茎包皮分離を指標にして比較すると、雌雄ともに高回避系の方が若齢で春機発動に至ることが明かとなった。その差は、雌では約4日、雄では約7日であり、両系統ともにSD系ラットでみられた日齢のほぼ上限と下限に位置していた。初回排卵数についても、前述の成熟動物と同様に僅差であるが高回避系の方が多くなっていた。このように春機発動時期や初回排卵数については、SD系ラットにみられる正常範囲に含まれるものであり、それぞれの系統内での個体差が小さいために認められた差であるとも考えられる。しかし、春機発動前の血中ホルモン濃度を両系統の間で比較すると、雌雄とも、高回避系の性腺刺激ホルモン濃度は低回避系よりも高値を示していた。特に雌では、新生児期のラットに認められる血中性腺刺激ホルモン濃度の上昇が、高回避系ではさらに亢進され、むしろ低回避系のそれがSD系と近い値を示していた。


Hatanoラットの生殖器の重量

 器官重量は、簡単に比較できるパラメーターで、Hatanoラットは卵巣および精巣重量にも特徴的な違いがある。雌の卵巣については、春機発動までは高回避系と低回避系の間に重量の違いはみられない。しかし、性成熟以降は低回避系の卵巣重量は高回避系より明らかに重くなる。成熟後に卵巣の組織を比較すると、低回避系の卵巣では黄体数が高回避系と比較すると遥かに多くなっている。前述のように低回避系における1回の排卵数は高回避系と比較して少ないので、卵巣に数えられる黄体数が多いということは、低回避系の卵巣では黄体が形態学的に長く残存していると理解される。従って、低回避系における卵巣重量の増加は、残存する黄体が増加していることによるものと考えられる。精巣についても、離乳の頃には高回避系の精巣は低回避系より重いが、性成熟以降は逆に低回避系の精巣が高回避系より重くなる。その他、精巣上体と精嚢は高回避系の方が重く、前立腺は低回避系の方が重いという特徴がある。雄の日齢を追って血中ホルモン濃度を調べたところ、高回避系の性腺刺激ホルモン濃度は低回避系よりも一貫して高い値を示し、プロゲステロン濃度は低回避系で高い値を示した。テストステロン濃度は、性成熟期にのみ、高回避系が低回避系より高い値を示していた。


Hatanoラットの母性行動

 Hatanoラットの新生児期の体重を比較すると、低回避系は高回避系に比べて体重の伸びが悪い。子供の成長には、母親の養育行動が重要な影響を及ぼすことが予想されたことから、Hatanoラットの母性行動について調べた。巣作り、哺育、児なめ行動などの頻度を比較すると、両系統に明らかな違いはみられなかったが、子供をいったん母親から離し、1時間後に再び母親に戻した際の、子供を回集する時間は明らかに異なり、低回避系の回集行動が遅かった。また、子供を親から8時間離し、再同居させた際の体重増加量から算出した泌乳量は、低回避系は高回避系にくらべて明らかに少なかった。しかし、オキシトシンを投与すると、泌乳量の系統差はなくなった。この実験から、母親の子供に対する動機づけとオキシトシン分泌に係わる機序が、新生児期の体重増加に重要な影響を及ぼすことがわかった。


まとめ

 Hatanoラットの性周期、性成熟、生殖器重量および母性行動について紹介したが、これらにみられる系統差は、脳の視床下部を頂点とした、視床下部−下垂体−性腺軸の神経内分泌的な差によることが予想される。Hatanoラットはもともと、回避行動を基準に分離した系統であるが、回避行動には視床下部−下垂体−副腎軸が密接に関与していると言われている。実際、高回避系は低回避系よりも大きな副腎を持ち、ストレス条件下においては、高回避系の血中ACTH濃度は低回避系よりも高いレベルを示すことがわかっている。したがって、Hatanoラットにみられる生殖機能の違いは、偶然に選抜された特徴ではなく、回避行動と関連した特性であると考えられる。

 最後に、本稿により、少しでも多くの方にHatanoラットを知ってもらい、この系統を使った実験が生殖研究に役立つことを切に願う。




減数分裂前期で精子形成が停止する遺伝的無精子症ラット(TT系ラット)

野口 純子
独立行政法人 農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ


TT系ラットの由来

 (財)動物繁殖研究所において、Wistar-Imamichiラット由来の近交系に精子形成異常による無精子症を示すラットが発見された。TT系ラットはこの個体と同腹の正常個体を交配して作出されたミュータント系ラットである。異常形質は常染色体上の単一劣性遺伝子as(aspermia)に支配され、ヘテロ雄は正常な繁殖能力を有する。また、雌には何ら異常は検出されていない。このラットは現在、(独)農業生物資源研究所で維持されている。


表現型・病態

【図1】TT系ラット正常雄(a)およびasホモ雄(b)の精巣組織所見

asホモの精細管では減数分裂前期で精子形成が停止し、精子細胞は欠如している。厚糸期精母細胞細胞質に封入体様構造物(矢印)が認められる。多核巨細胞(矢頭)が形成されている。

【図2】as/as精祖細胞移植後の正常精巣組織像

asホモの精母細胞に特徴的な封入体様構造物(矢印)を形成していることから、移植した生殖細胞に由来する精子形成であると判断される。

 asホモ個体は、初回精子形成より精子形成異常を発症する。 精巣重量は5週齢以降で正常個体より有意に低い値を示し、成熟後は正常の約3分の1である。精巣を組織学的に検索すると、減数分裂前期厚糸期で精子形成が停止しており精子細胞はほとんど認められない。厚糸期精母細胞の細胞質には、ヘマトキシリン陽性の封入体様構造物が観察される(図1)。この封入体様構造物は電顕的検索の結果、リボソームの集塊であることが明らかとなった。その他の病変として、精上皮に多核巨細胞の出現および分裂中期の精母細胞に変性像が観察される。一部の精細管には円形精子細胞が認められるが、多くの場合それらはTUNEL法で反応陽性を示すことから、アポトーシスを起こしているものと考えられる。これらの所見から、asホモ精巣では厚糸期精母細胞に発現する異常により多くの精母細胞は変性・脱落し一部の生殖細胞は減数分裂を完了するものの、アポトーシスにより精子細胞は早期に消失するものと考えられる。

 精祖細胞移植法を応用し、asホモ精巣の精子形成異常が生殖細胞自体に起因するものか、あるいは精子形成を支持する体細胞に発現した異常により誘発されるものか、すなわちas遺伝子が発現する細胞の特定を試みた。asホモ精巣から採取した生殖細胞を正常ラットの精巣に移植したところ、レシピエント精巣の精細管内に特徴的な封入体様構造物を有する厚糸期精母細胞が観察された(図2)。こうした部位に精子細胞は認められなかった。このことから、as遺伝子は生殖細胞で発現していることが明らかとなった。一方、正常生殖細胞を移植したasホモ精巣に精子形成の回復は認められず、精子形成環境を形成する体細胞にも異常が起きている可能性が推測された。そこで、チトクロームcをトレーサーとして血液精巣関門の機能について調べた。その結果、正常精巣ではセルトリ細胞間特殊接合装置(ES)のタイトジャンクションによりチトクロームcの通過は阻止されたが、asホモ精巣ではESを通過すること、すなわち血液精巣関門の破綻が確認された。こうしたバリア機能の異常は成熟前のasホモ精巣にも観察され、asホモ個体では生涯血液精巣関門が成立しないものと推測された。電顕的検索ではセルトリ細胞間特殊接合装置に形態的異常は観察されない。おそらくバリア機能に関与する蛋白の発現に異常があり、機能的に破綻をきたしているもの予想される。


連鎖解析による原因遺伝子解明の試みについて

 我々は先に行ったTT系とWKS系の交配による連鎖解析から、原因遺伝子の遺伝子座がラット第12染色体上のMalete dehydrogenese2遺伝子座の近傍に位置することを明らかにした。今回、原因遺伝子の存在領域を精査するために、TT系ラットをBrown Norway系ラットと交配し、F2世代に出現した91個体の精子形成異常ラットのゲノムDNAを用いて連鎖解析を行った。その結果、as遺伝子座は第12染色体の12.007-12.021間約1.5Mbの領域に存在するとこが示唆された。この領域はヒト第7染色体上の7q11-7q22に相当するが、ヒト−ラット間で遺伝子の並びに逆転があることが明らかとなっており、ヒトの遺伝子座の並びをそのままラットに置き換えることはできない点、注意すべきである。こうした点に配慮しても尚、この領域内に存在する遺伝子でヒトその他の動物の精巣での発現が確認されている遺伝子にCutl1Fzd9などがあり、また細胞間の接着因子であるCldn3およびCldn4もこの領域内に存在する。これらの遺伝子はasホモ個体に精子形成異常をもたらす候補遺伝子となる。今後は、異常精巣における候補遺伝子の発現を確認し、原因遺伝子を特定したいと考えている。


臨床への応用、有用性

 ヒト精子形成異常の一つのモデルとして、また、精子形成調節機構解明のモデルとして、原因遺伝子の解明は意義あるものと思われる。これまでに、血液精巣関門が破綻しているミュータント系についての報告はない。異常個体は、血液精巣関門成立の機構を解明するためのモデルとして、また、血液精巣関門が精子形成におよぼす機能を明らかにするためのモデルとしての利用が期待される。


参考文献


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