おろし金を用いたウシ初期前胞状
卵胞の機械的単離方法

伊藤丈洋、甲地優志、星 宏良
(株式会社機能性ペプチド研究所

JRD2001年10月号(Vol. 47, No. 5)掲載



はじめに

 哺乳類卵巣内にはマウスで数千個、ウシ、ブタ、ヒツジなどの家畜では十万から数十万個もの未成長卵子が存在しており、卵子と卵胞は相互作用しながら発育・成長することが知られている。しかし、ほとんどの未成長卵子は発育しないか、または発育途上で退行してしまう。従って、未成長卵子の体外発育培養が可能となれば、卵子の発育・成長及び卵胞形成の機序の解析が可能となるほか、体外受精卵移植における卵子供給、クローン動物作製に用いるレシピエント卵子の供給、希少野生動物の卵子資源の保存、さらにはヒト不妊治療への応用等が期待できる。

 これまで、多くの研究者がこの未成長卵子の体外成長に挑んできた。Jackson LabのEppigらはマウスを使った実験で、最も未成長な段階である原始卵胞から体外培養によって完全成長卵子を得、産仔を得ることに成功した。家畜においては神戸大学と徳島県肉畜試験場のグループによってウシの初期胞状卵胞由来の卵子・顆粒膜細胞複合体を体外培養によって成長させ、体外成熟、受精、胚培養(IVMFC)を経て産仔を得ることに成功した例が知られている。しかし、卵巣内の未成長卵子はその成長段階が進むほど数は減少するため、未利用遺伝資源の効率的利用の観点からすれば、なるべく数の多い原始卵胞、初期前胞状卵胞の未成長卵子から体外培養によって効率よく成長卵子を得ることにメリットがあると考えられる。我々はウシ卵巣内に存在する未成長卵胞・卵子を3つの成長段階に分けて、それぞれの発育段階における最適な培養環境を構築し、それらをリンクすることによって、初期前胞状卵胞から成長卵子を得ることを目標に研究を行っている*1。卵巣内に存在する前胞状卵胞を単離する方法としては、コラゲナーゼ、ディスパーゼ等の酵素によって細胞外基質を消化し、卵胞を単離する方法(酵素的単離法)、顕微鏡下で微細切操作によって直接組織から単離する方法、さらに結合組織への結合力の差を利用して、機械力で単離する方法(機械的単離法)が知られている。ウシ等家畜においては、個体によって卵巣の状態(結合組織の線維化、細胞外基質の量)が大きく異なり、卵胞発育の程度も異なるため、至適条件で酵素を活用することが難しい。また酵素消化によって、卵胞構成細胞間の相互作用や卵子に影響を与える可能性も考えられる。機械的に単離する場合、比較的サイズの大きい後期前胞状卵胞〜初期胞状卵胞の場合には顕微鏡下で一つずつ微細切的に単離する方法が有効である。初期の前胞状卵胞の場合は数も多く、サイズも極めて小さいため、機械的手段を用いて、卵胞を細切組織から分離する方法が用いられる。本稿では筆者らが行っている市販のおろし金を用いたウシ初期前胞状卵胞の機械的単離方法について紹介したい。

*1 カテゴリーI:初期前胞状卵胞(一次卵胞〜初期二次卵胞、平均直径63 μm)、カテゴリーII:中〜後期前胞状卵胞(後期二次卵胞、156 μm)、カテゴリーIII:後期前胞状〜初期胞状卵胞(後期二次卵胞〜初期三次卵胞、210 μm)



図1 単離に用いるおろし金、3号タイプ(おろし面のサイズは横13 cm、縦 15 cm、重量は220 g)

1. 準 備

(1)用意する器具・機械
(a)卵巣輸送ジャー(食肉処理場からの卵巣輸送用)、(b)クリーンベンチ、(c)実体顕微鏡、(d)倒立蛍光顕微鏡(生死判別用)、(e)加温板、(f)ウオーターバス、(g)オートクレーブ、(h)マイクロピペット、(i)10 mL ディスポーザブルシリンジ(テルモ)、(j)18ゲージ注射針(テルモ)、(k)ポリスチレン製器具等(培養皿や試験管等)、(l)ガラス製器具類(ビーカーや、メスシリンダー等)、(m)濾過滅菌用フィルター、(n)おろし金(3号タイプ;図1参照)、(o)ナイロン製メッシュ(250 μm、40 μm口径)

(2)用意する試薬
(a)生理食塩水(オートクレーブ滅菌したもの)、(b)消毒用エタノール、(c)HP-M199 Hank's 培地(機能性ペプチド研究所、硫酸ゲンタマイシン含有)(d)ウシ血清アルブミン(フラクションV BSA;インタージェン)、(e)ウシ肺由来アプロチニン(シグマ)、(f)組織培養用超純水(Milli-Q等)

(3)卵胞回収液の調製
 卵胞回収液の基本培地としては、大気相中でpHの変動がないハンクス塩組成のものを用い、卵胞の器具への吸着を防ぐためのBSA、トリプシン活性を抑えるためにアプロチニンを添加したものを使用する。
(a)10% BSA溶液の作製(組織培養用超純水に溶解後、濾過滅菌)、(b)50000 IU/mL アプロチニン溶液の作製(組織培養用超純水に溶解後、濾過滅菌)、(c)卵胞回収液の作製(HP-M199 Hank's培地に0.1% BSA、50 IU/mL になるように(b)、(c)を無菌的に添加する。)


2. 方 法

  1. 屠場で採取したウシ卵巣を20℃前後に保温して実験室に持ち帰る。

  2. 卵巣表面を滅菌生理食塩水、消毒用エタノールで洗浄、消毒を行う。

  3. 18ゲージの注射針とシリンジを用いて胞状卵胞(2〜5 mm)から未成熟卵子・顆粒膜細胞複合体を吸引除去する。

  4. 少量(5 mL程度)の前胞状卵胞回収液を滴下したおろし金上で卵巣の表層をすり下ろした後、組織片を速やかに1卵巣当たり50 mLの前胞状卵胞回収液に回収する(図2 (1))。初期前胞状卵胞は卵巣表層部に存在しているため、すり下ろしは1〜2 mm程度にとどめる。

  5. 10 mLディスポーザブルシリンジを用いて吸引、吐出を40回程度繰り返し、組織片を分散する(図2 (2))。このとき空気を混入させないように注意する。

  6. 分散した組織を含む前胞状卵胞回収液を目開き250 μmのナイロンメッシュで濾過し、粗大組織片を除去する(図2 (3))。

  7. 濾過液をさらに40 μmのナイロンメッシュで濾過し、40 μm 以下のサイズの夾雑細胞等を除去しながら初期前胞状卵胞をメッシュ上にトラップする(図2 (4))。ナイロンメッシュ類はオートクレーブ滅菌等により口径が変化する場合があるので、消毒用エタノールに浸漬したものを用いる。

  8. トラップされた組織片をメッシュ上で2回前胞状卵胞回収液で洗浄した後、前胞状卵胞回収液で90 mm角シャーレに回収し、実体顕微鏡下にてガラス製マイクロピペットを使用して初期前胞状卵胞を採取し、前胞状卵胞回収液中にて保存する(図2 (5))。このとき、輪郭が鮮明で、構成する顆粒膜細胞並びに卵子に暗黒色の凝集像が見られない卵胞(正常形態卵胞;図3 A)を採取する。筆者らは偏光機能付の実体顕微鏡で20〜30倍で採取操作を行っているが、もし実体顕微鏡で見にくい場合は倒立の位相差顕微鏡で行っても良い。

  9. 採取された初期前胞状卵胞はできるだけ短時間のうちに実験の目的に応じた処理(体外培養、組織化学的評価等)を行うことが望ましい。本方法によって一つの卵巣から200個前後の正常形態の初期前胞状卵胞を得ることができる。また、正常形態でも生存判定において退行卵胞と判定される場合も多いので、単離集団ごとに生存判定を行うことが必要である。単離直後の正常形態卵胞生存率は約60%である。



図2 おろし金を用いたウシ初期前胞状卵胞の単離操作手順


3. 関連技術


図3 単離直後の生存卵胞(A、B)および死卵胞(C、D)のトリパンブルー染色像(A、C)とHoechst 33258染色像(B、D)。スケールバーは50 μm

(1)ウシ初期前胞状卵胞の生存判定
 前胞状卵胞の生存判定は、Hoechst 33258やトリパンブルーを用いた色素排除法にて行う方法が簡便かつ有効であると考えられる。Hoechst 33258やトリパンブルーは、死細胞の傷害を受けた細胞膜を通過し、Hoechst 33258は核内の核酸に結合して蛍光を発し、トリパンブルーは細胞質内に蓄積して染色される(図3)。筆者らは、蛍光顕微鏡下での観察で卵胞を構成する顆粒膜細胞の10%以上が染色(発光)されたものや、卵核胞が染色(発光)されたものを死卵胞と判定している。

(2)ウシ初期前胞状卵胞の成長の評価
 前胞状卵胞の成長の判定には、顕微鏡の接眼レンズにとりつけたオキュラーメーターやCCDカメラを用いたイメージプロセッサー等を用いて卵胞の直径の変化を観察する方法がよく用いられている。また、DNA合成を行った卵胞構成細胞の割合を検定する手法として、ブロモデオキシウリジン(BrdU)を添加して一定期間培養し、培養終了後に組織化学的にBrdUを取り込んだ細胞の核を検出する手法も卵胞細胞の増殖を生化学的に評価するために優れた方法であると考えられる。


おわりに

 本方法は、生研機構「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」により開発がおこなわれたものである。筆者らは本方法で単離した初期前胞状卵胞をウシ卵巣結合組織由来の線維芽細胞と共培養することにより、成長をともなった長期間の生存を得ることに成功している。詳細については原著論文(Itoh T. and Hoshi H.; Efficient isolation and long-term viability of bovine small preantral follicles in vitro. In Vitro Cell. Dev. Biol. 36: 235-240; 2000.)に掲載されているので参照願いたい。



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