研究活動紹介 |
低次脳機能研究会
岡 良隆 |
【JRD2001年6月号(Vol. 47, No. 3)掲載】
繁殖生物学会の会員の方にも興味をお持ちいただけるのではないかと思い、「低次脳機能研究会」、略して「低脳研(ていのうけん)」というちょっとめずらしい名称の研究会活動についてご紹介する。「低脳研」であって「低能研」ではないことにご注意いただきたい。1字違うとえらい違いであり、我々は低能ではない(と思っている)。この研究会の名称は、昨今神経科学の分野で流行の「高次脳機能」研究の向こうを張って、高次ではない脳機能、つまり生命の基本を司る基本的脳機能、に関する研究を包括的に扱う、という大それた希望から案出した新語である。これは、96年8月の名古屋大学農学部山地畜産実験実習施設における第27回研究会終了後のバーベキューの席上で岡が提案し、満場一致(?)で決定した物である(酒の席なので、その場で適当に決まったのかもしれないが)。脚光を浴びて大きな研究費の庇護の元に展開される高次脳機能研究に対抗するパロディー的な意味合いもあったことは否定できない。この研究会のそもそもの始まりは、1990年7月にさかのぼる。ふとしたきっかけで、国内の比較的地理的にも近い研究室で、しかも世代的にも近い研究者(当時は、「いわゆる」若手研究者と言って良かったであろう)がGnRHペプチドや受容体、およびGnRHニューロンに関して、理学、医学(生理、解剖)、農学(水産、獣医、畜産)などの諸分野で活躍していることがわかり、友が友を呼ぶ形で15名からなる「GnRHニューロン研究会」が創設された。この研究会の目的をご紹介するのに、後に科研費申請書に書いた文章から一部を引用してみる。
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動物は個体の恒常性を維持するために、自然環境を積極的に利用するように行動し、また種族保存のために生殖・社会行動を効率良く行わなければならない。このためには、環境の状態を的確に受けとめ、これに対して合目的的かつ適切に対処する能力を備えていなければならない。動物のこの能力を可能にしているのが、脳内の情報伝達機構(神経系、内分泌系、免疫系)である。この機構により、外界から受容した情報を適切に処理し、さらに、学習・記憶により自然環境に適応していくことができる。この中で重要な役割を演じているものの1つが、神経ペプチドである。本研究で対象とするゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)は従来視床下部−正中隆起系に存在して下垂体からのゴナドトロピン放出を調節するペプチドホルモンとして知られてきたが、現在ではこれに加えて、正中隆起ではなく脳内に広く投射する終神経GnRH系が存在すると考えられており、終神経系のGnRHは神経修飾物質として、行動、代謝、免疫などの様々な生体機能の制御にかかわる分子であるとの認識が急速に広まりつつある。我々は中枢神経系における可塑性や適応という重要な神経生物学的課題の解明に、その形態や機能において多様性に富むGnRH神経系が極めて優れたモデルになるとの着想を得た。そこで、我々は1990年7月に「GnRHニューロン研究会」を発足させ、隔月に研究会を開催し、GnRHニューロンを中心に、脳内情報伝達機構に関する様々な問題について議論すると同時にメンバー間で数多くの共同研究を行ってきた。
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このような背景の元に研究会が発足したのであるが、90年の発足以来、93年までの間は何と隔月に一人ずつ会員が交代で演者となり、93年10月で第20回研究会を迎える、というハイペースで活動が進んだ。それ以降は回数を減らす代わりに1回に話題提供をする人の数を増やし、また、泊まりがけで研究会を行うことにより、会員間の親睦も図ることにした。回を重ねる毎に(オリジナルメンバーが年を取るたびに)、大学院生・学部生などの参加も増え、会員数も増加の一途をたどった。現在の会員数の正確なところは誰も把握していないが、少なく見積もっても大学院生、学部学生も含めると60〜80名「程度」いるはずである(結構適当だ)。この適当さがむしろ研究会が長続きしている秘訣かもしれないが、特に決まった会費を取っていなくて研究会をやるときにその場限りで実費を徴収する、という方法を採っているためであろう。初期の頃のこの研究会の特徴は、まず鮨を食べながらビールを飲み交わすところから研究会が開始する点にあった。そして、少し飲み食いしたところで演者一人が時間無制限でしゃべり始め、その間、質問、茶々入れ、その他勝手気ままに行いながら話が進む。一通り話が終わるとそのまま質疑応答が続き、その後適当に飲みながら話が続き、お開きになる。この方式は、酒を潤滑剤にして、話の途中でも普通のセミナー形式の発表よりずっと活発な質疑応答が始まり、議論が深まる、という利点を持っていた。
このようにして始まった研究会は実に息長く続いており、現在までに既に34回の通常型式の研究会と、3回の国際シンポジウムを開いている(別表参照)。この3回の国際シンポジウムについて簡単にご紹介しよう。まず、97年11月22−23日、この年に横浜で開催された第13回国際比較内分泌学会のサテライトシンポジウムとして、岡とIshwarが中心となり、低脳研メンバーの全員が協力して、東大の山上会館で、International Symposium on the Comparative Biology of GnRH Neuronsと題して国際シンポジウムを開催した。このシンポジウムには外国人参加者28名、日本人参加者70名が集まり、招待講演18題、一般講演(ポスター)25題の発表が行われ、初めてと言って良いGnRHに関する国際シンポジウムとして大変好評を博した。この成功に気を良くし、2001年6月2-4日、第14回国際比較内分泌学会のサテライトシンポジウムとして、マレーシアのペナンにおいて第2回のGnRH国際シンポジウムを開催することになっている(ホームページhttp://www.mmbs.s.u-tokyo.ac.jp/GnRH.htmlに詳しい情報が出ている)。また、この間、2000年12月には早稲田大学国際会議場で行われた、“Brain, Nose, Pituitary”と言う国際シンポジウムのセッションとして、Multifunctional GnRH Peptidergic System and the Brain Signal Transductionと称するセッションを岡がオーガナイズした。このセッションでは3人の外国人と4人の日本人の招待講演者が話題を提供し、活発な議論が展開された。同時に、大学院生を中心として、多数のポスター講演(全セッション合計で51題)も行われ、他のセッションの参加者も多数交えて議論の輪が広がった。また、2000年でこの研究会活動が10周年を迎えたことを記念し、低脳研のメンバーを中心として、鋤鼻研究会(低脳研のメンバーも多数重複している)と合同で記念パーティーを行った。このようにして、低脳研の研究会活動は国際的にも広がりを見せ、外国のGnRH研究者の間ではJapanese GnRH Maffia(またはGnRH Yakuza)として「知る人ぞ知る」存在になっている(と思っている)。
低脳研活動はこれだけではない。平成7-8年度にはこの研究会の主要メンバーを研究組織とする総合研究(A)が採択された(「脳内情報伝達機構の可塑性と適応-GnRHニューロンの多機能性をモデルとして-」)。これには涙無しには聞けない裏話がある(笑いの涙か?)。いきなり総合研究に採択されるわけはなく、それまでにも3回ほど計画調書を書いて提出していたが、なしのつぶてであった。平成5年の調書では、オリジナルメンバーが相談して作った分担者のイメージをイラストにしたものを印刷して提出し、必勝を期していた。これは申請者が使っている動物のイラストを使って各自の分担課題をイラストで理解してもらうという斬新なものである(と私は信じていた)。しかしながら、これもまた不採択となった。それにもめげず、平成6年にはまた申請した。既に文章としては最善を尽くしたと言うことでほとんど変更をせず、そのかわりに、当時としては未だ普及していなかったカラープリンターでイラストをカラー化して提出した。これが見事に当たり、思いがけず、平成7-8年の採択となったのである。ある学会のニュースレターに科研費審査員の講評として、今年は計画調書にカラー印刷のものがあり、斬新な印象を受けた云々と言う文章が載っているのを後日発見し、ほくそ笑んだものである。科研費の調書は、まずは、読む人の目に留まらねばならないのだ、と納得した次第である。また、これに力を得て、平成9年度には科学研究費の公開促進費を得て、研究会のメンバーで執筆を分担した本「脳と生殖 GnRH神経系の進化と適応(学会出版センター;1998年)」を出版するに至った。
こうして、低脳研研究会活動は今年で11年目に入っており、現在は、約1ヶ月後に控えた第2回GnRHの生物学国際シンポジウムに向けて準備態勢に入っている。今後どのような形式で研究会活動を続けていくのかを現在研究会の中堅メンバーが計画しているが、この活動がいつまで続くのか楽しみである。10年以上もの長きにわたって、曲がりなりにも続いているのは、あまり肩を張らずに結構適当に、楽しみながらやっているのが案外秘訣なのかもしれない。
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