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2002年度公開シンポジウム

「いきている馬,これからの馬」

9月15日(日) 18:00-20:00

盛岡市民文化ホール・小ホール(マリオス)

主催 第95回日本繁殖生物学会大会 

後援 岩手県馬事振興会、南部盛岡チャグチャグ馬コ保存会




 第95回日本繁殖生物学会大会(2002年9月13〜15日)の最終日、公開シンポジウムが開催されました。

 今回のシンポジウムのタイトルは「いきている馬,これからの馬」でしたが、会場となった盛岡市民ホール前では上の写真のように本当に「いきている馬」を見ることができました。盛岡の有名なお祭りの「チャグチャグ馬コ」の馬で、鈴のたくさんついた綺麗な装束をつけていました。本当のお祭りは6月なのですが、今回のシンポジウムのためにつれてきてくださいました。このような馬や装束は地域の農家の人が維持されているそうです。

 さて、今回のシンポジウムでは以下の3題のご講演をいただきました。

● ウマとはどんな動物?−ウマとウシ,ウマとネズミを比べる−  東大名誉教授;高橋 迪雄先生

● 世界に誇るサラブレッド生産現場から,馬をみる  社台スタリオンセンター;角田 修男先生

● イーハトーブの馬と人  岩手県立博物館首席専門学芸員;大矢 邦宣先生

 まず、高橋先生のご講演では、ウマの生物学的な特性について同じ草食動物であるウシや哺乳動物の原型に近いネズミと比較して解説されました。ウマのエサの利用や繁殖の効率はこれらの動物に比べて悪いことが特徴的な運動能力や繁殖集団の構造と関係していると考えられるのですが、現在の種の繁栄には人間の関与が影響しているであろうとのことでした。

 二題目の角田先生は、ウマの繁殖の実際についてたくさんの写真を使って講演されました。季節繁殖動物であるウマで効率的な繁殖を行うために、光線処理や交配のタイミング、受胎の入念なチェックが行われているだけでなく、南北両半球間を輸送し1年中繁殖を行わせるという方法も始まっているそうです。このような処理を行う際にもウマの繁殖生理に対する十分な理解が必要であるというお話でした。

 最後の大矢先生は、岩手県を中心とした東北地方における馬生産や馬に関係した祭事の歴史について講演されました。東北の馬生産は少なくとも平安末期からの長い歴史があり、チャグチャグ馬コも馬が馬の神様にお参りすることから始まったというほど、人間の生活に深く関係した動物であるということがわかりました。

 参加者の中には馬を飼っておられる方も何人かいらっしゃるようでした。学会の期間には盛岡の秋祭りが開催されていたのですが、大矢先生のご講演で取り上げられたいろいろな馬に関係したお祭りに関連して、フロアからシンポジウムの翌日に八幡宮で行われる流鏑馬も見るべきだというご意見がありました。チャグチャグ馬コをつれてきてくださった馬主さんもそうだと思うのですが、馬と馬に関連した伝統文化に誇りを持っておられる方が多いということを感じました。岩手県は現在も日本 数の馬産地であるそうですが、それだけでなく馬を主体とした文化が深く根づいている地域であるということがよくわかりました。

 最後になりましたが、シンポジウムの開催をご後援いただきました岩手県馬事振興会、南部盛岡チャグチャグ馬コ保存会、ご協力いただきました盛岡市の関係部局、またシンポジウムにご参加いただきました皆様にお礼申し上げます。

 当日、配布されました講演要旨を以下に掲載させていただきます。




ウマとはどんな動物?−ウマとウシ,ウマとネズミを比べる−

東京大学名誉教授,味の素(株)健康基盤研究所

高橋 迪雄 先生

 種の維持のためには,生殖戦略が適切に遂行されていることが欠かせません.そのためには勿論個体維持が円満に行われていることが必要です.動物は生存に必要な物質のもとになる素材,つまり養分を食物として摂取しなければならない宿命にありますから,個体維持のためには摂食戦略が適切に遂行されていることが最重要課題です.そこで,表題の問い掛けに対して,ウマの摂食戦略と生殖戦略を他の動物との比較から論じることで答えて見たいと思っています.

 養分は自分と体構成の似た動物を捕食して,消化・吸収することで獲得するのが最も合理的です.哺乳類の最古の祖先は,食虫類に似た肉食動物と云われています.肉食動物は現存するライオンを見れば判りますが,食物獲得に多大の労力を必要とします.遅れて進化の歴史で草食動物が出現するのは,食物獲得の労力が大幅に軽減されるからです.ところが植物は,動物とは体構成が大きく異なっていますから,動物を食べたときのように効率的に養分を利用することは困難です.そこで草食動物が採用した戦略は,バクテリアというインターフェースを導入することでした.ウシの反芻胃は消化管の最前部に存在する体重の1/4にも及ぶ巨大な発酵 タンクです.ウシの食べた草は実はバクテリアのための食物で,発酵によって作られ た有機酸がウシに必要なエネルギーの大半をまかない,バクテリア自身が増殖してウシの消化管に流れ込むことが,ウシのタンパク栄養を専ら賄っています.

 進化の歴史でウシより以前に出現したウマでは,ウシの反芻胃に相当するバクテリアの発酵タンクは残念ながら消化管の最後部,盲腸と大腸に存在します.従って,エネルギー源の有機酸を体内に取り入れることは可能ですが,タンパク質に富むバクテリア自身は糞とともに排出されてしまいます.タンパク栄養摂取の面では,ウマは極めて未完成な動物と考えられます.同じ草食動物でも,ウシが1年に7000kgものミルクを生産できるのに対して,ウマは草原を疾駆して,盛んに草を食べ続けなくてはならないのは,バクテリアが折角作ったタンパク質を利用できな いからです.

 生殖戦略の面から哺乳類を見ると,哺乳類の最古の先祖は,おそらく現在のネズミのように短い間隔(4-5日)で排卵し,妊娠・哺乳期間も短く,繁殖効率を最大限に追求した動物であったと考えられます.動物の雌は排卵の前後の短い期間に発情して,雄の交尾を受け入れることが出来ます.ネズミのような動物が集団を作りますと,群れの中に高い頻度で発情した雌が存在することになりますから,多くの成熟雄は繁殖活動に参加することが出来ます.さて本題のウマはネズミとは対照的に,排卵間隔は20日を越え,1年近くの妊娠期間とそれに続く長い哺乳期を持ち,しかも季節繁殖の性質を持っていますから,生理的には最大2年に1頭しか子を作れない,信じられないような繁殖効率の悪い動物ということができます.ウマがこのように生殖の効率を犠牲にして得たものが何であったかは大変興味のある問題ではないでしょうか.紙面も尽きましたので,この辺りの話は当日聞いていただければと思っています.




世界に誇るサラブレッド生産現場から,馬をみる

社台スタリオンステーション

角田 修男 先生

 ウマはウシやブタなどの多くの動物とは異なって、春から夏の季節(繁殖季節)にだけ、発情して子ウマを生むという、生産上、難しい問題を抱えた動物である。

 そのために、繁殖季節があるウマでは、それの特性を利用して1年中子ウマを生産するために、1頭の種雄ウマを南北の両半球(日本と、ニュージランドやオーストラリア)でともに利用するということが始まった。その利用に当たっては、それ故に、ウマの繁殖生理を十分に理解する必要がある。

 雌ウマの北半球における繁殖季節は春から夏の3〜7月とされ、その前半は無発情等の異常発情周期が多く観察される。雌ウマの発情は日照時間により支配されるので、繁殖季節の前半は光線処理により正常発情周期(21日周期)が早く回帰するように処置を行っている。一方、南半球における繁殖季節は、春から夏の8〜12月となっている。

 一般に雌ウマの交配は1発情に1回で済むようにするため、直腸検査により卵巣における卵胞成熟の程度、ならびに子宮の状態の触診、ならびに試情の結果を総合的に判断して獣医師により交配するかどうかが決められる。

 ウマの双子はほとんどの場合流早産をすることが多いとされているので、早期に受胎を確認(交配後14〜17日目)し、双子妊娠の場合は一つを直腸検査により破砕して単胎とする処置が取られている。

 ウマの妊娠期間は約335日とされ、妊娠維持の主役は妊娠初期は妊娠黄体によって、妊娠初期から中期は副黄体、そして妊娠中期以降は胎盤と、その妊娠ステージにより変わる。また、ウマの妊娠期中のホルモン変動には特徴があり、その初期には副黄体を作るための妊馬血清性性腺刺激ホルモン(PMSG、またはeCG)が出現し、妊娠中期以降はEstrogenがその主体となる。

 雄ウマの1繁殖期の交配頭数は従来60〜80頭とされていたが、近年200頭を超える種雄ウマも珍しくない。1日の交配回数は通常3回以内であるが、1日4回ということもしばしば認められる。

 種雄ウマの受胎率は正常80%以上であるが、90%以上という例も観察される。

 近年、高価な種雄ウマをともに春から夏であるが、繁殖季節の異なる両半球で利用するということがなされており、その種雄ウマのことをシャトルスタリオンと言う。シャトルスタリオンは種雄ウマとして成功する季節が1年を通して活躍できるとともに、場所を2ヶ所得るという利点を有す。シャトルスタリオンの両半球での交配総頭数は300頭以上の例も観察される。

 高価な種雄ウマの輸送という危険を回避する為に、雌ウマを移動させて、その半球の繁殖季節に交配させるということも近年行われている。この場合雄ならびに雌ウ マともに光線処理が必要となる。




イーハトーブの馬と人

岩手県立博物館首席専門学芸員

大矢 邦宣 先生

  1. 20世紀:馬が実用から消えた世紀

     馬はかつて日常においては荷物の運搬手段であり、牽引や耕作の動力であり、乗用でもあった。戦時においては武士と一体となって戦場をかけめぐり、情報伝達(早馬)の手段でもあった。20世紀初頭のT型フォード量産が、馬を実用から駆逐するきっかけとなる。自動車の普及はまたたくまに進み、第一次大戦のとき戦車・軍用車が決定的な役割を果たし、馬は戦場からも消えていく。
     山間牧野の馬から工場生産の車へ。実用からの馬の消滅は、馬産地岩手にとっては、生活手段と自然環境維持の消滅を意味する大問題ともなった。
     しかし、馬は決して実用のみで人間と結びついていたわけではない。馬は人間を立派に見せる最高の道具であり、権威の象徴であり、ステータスであった。さらに神の乗用となり、祭礼儀式に欠かせないものであった。競馬もそれと無縁ではない。
     実用から馬が駆逐された現在、シンボル性、精神文化としての馬と人間の関わり が、今後見直され、重要性を増してくるであろう。

  2. 「糠部(ぬかぶ)の駿馬」:ブランドの成立とイーハトーブ

     平泉を滅ぼした翌年の1190年、源頼朝は大軍を率いて京の都に乗り込んだ。朝廷への手土産は「金」「馬」「鷹羽」だった。それぞれ陸奥・糠部(岩手県北以北)出羽北海の特産物であり、みちのくと北海を手中におさめた一大デモだったのである。そ の一つ「糠部の駿馬」は、平安後期には最高ブランドになっていた。いかにしてブラ ンドの確立に成功したか。その基盤には、貢ぎ物としての「貢馬貢金」の制と、馬の飼育に適したイーハトーブの自然環境がある。宮沢賢治の『風の又三郎』の舞台は「上の野原と下の部落」であった。この「上の野原」こそ北上山地の特色であり、放牧と自然環境がメルヘンチックな光景を作り上げた。

  3. 蒼前さまと駒形神

     盛岡の初夏の風物詩「チャグチャグ馬ッコ」は、馬の神様「お蒼前さま」へのお詣りから始まった。駒形神社と名を変えている蒼前さまは多い。駒形神は馬の守護神として知られ、水沢市西方の駒ヶ岳に奥宮がある。では「蒼前」とはなにか?
     宮中の年中行事1月7日の「白馬節会(あおうまのせちえ)」では、白馬を天皇の前で引き回す。この全身真っ白な馬(葦毛四ッ白)こそ「ソウゼン」である。それが坂上田村麻呂伝説と結びついて、いかに駒形の神になり、岩手に根付いたかを解説する。

  4. 「御一馬(おひとつうま)」

     かつて中尊寺最大のお祭りは旧四月初旬の白山神社祭礼であった。その中心が「御 一馬」という風変わりな行事である。一山の坊の七歳になる男の子を馬に乗せ、一山の僧侶が皆従って神前まで進む。これは白山神を依り付かせることに他ならない。カミの乗り物の馬は神事に欠かせない。権威の象徴になっていく。
     武士に最も求められたのは「弓馬の道」であった。武士が東国から発生し、鎌倉幕府が成立すると、以後、源頼義や義家が理想の武士像になっていく。江戸時代に「鉄砲を捨てた」のも、古儀の遵守に美意識を見出す日本人の精神構造に関わりがあるのだろう。
     みちのくの馬と人との関わりから、21世紀の馬文化に資するものが見出せれば幸いである。




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